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【創作】蛭子の子 異形の心【小説】

■冷血
元旦、ほぼ陸の孤島と化した関東にある山間の村で人知れずテロリズムが実行された。

ここ丹沢村は、飛鳥時代の昔から寺が建てられたり街道が作られたり鉱山が開かれたり廃れたりの度に栄枯盛衰を繰り返しつつなんとか続いて来た山間の村だ。
近代以降、人口流出が続いて現在の村の人口は500人程度だが、ジビエレストランやスキー、キャンプなんかのレジャー産業に力を入れて人口流出を食い止め村興しをしようと頑張っていた。
元は村民だが現在は丹沢村近隣の街に住んでいる人間も多い。
(ちなみに都市部と違い、この辺りでは「近隣」と言う言葉は、山を1つ隔てた先にある街に対して使われる。)
俺の家もそうだ。
そして俺の家族は今、スキー旅行のために丹沢村外れのスキー場にある宿に泊まっている。

村は7つの山に囲まれていて、村外への公共の交通手段はバスのみ。警察署は無く、駐在所がある。
そしてバスも駐在所も三が日は休業になる。
今のところスマホの基地局も電話回線も稼働しているので村の外に連絡ができない訳では無いが、警察や機動隊が駆けつける頃にはもう色々と手遅れだろう。

俺の目的は、スキーをしている家族達の元へ二人のテロリストとあの化け物を向かわせない事、そして村で超常テロリズムが行われている事を報道させて家族の目に入れ、彼らを村の外へ避難させる事だ。

丹沢村を囲む7つの山には、既に廃寺になった物も含めてそれぞれに神社が建っている。
1月1日元旦の今日、その中で一番大きく現在も開かれている神宮寺の参拝客を狙って化物を連れた二人の男達は大量殺人テロを行った。

二人のテロリストの内一人は、丹沢村の大地主「土車」家の長男だ。
村及び周辺の土地では有名な家の跡取りなので近隣住民は皆、奴の顔と名字だけは知っている。
もう一人は名前も顔も知らないおそらく余所者だ。

土車は染めている訳でもないのに明るいアッシュブラウンの髪色をして、鼻が高くてしっかりした骨格の日本人離れした風貌の大男だ。
一族に似る者が居ないその容姿と家を度々空ける道楽ぶりで、常から良くない噂になっていた。

土車

その大男が自在に出したり消したりできる本人の身長とほぼ同じ長さの大金槌を物凄い勢いで振り回し、人間の胴を爆散させている。
奴の金槌に胴を吹き飛ばされた人間の手足と頭が辺りに散らばる。
人間の血肉由来と思われる血生臭い脂を含んだ空気が本堂縁の下に隠れ潜んでいる俺のもとにまで漂って来る。

その散らばった手足を化け物が自分で選んで己の身に取り込んで、人間の手足でできたミノムシみたいな化け物が段々と肥大して行く。
化け物に顔は無い。少なくとも見えるところには無い。

土車の猛攻を避けて神社から逃げ出そうとする人々を余所者の男が狩っている。
キャップを被っていて顔はよく見えないが、奴は土車と対象的に細身で小柄だ。
体全体を撓らせながら5mも10mも跳躍するそいつも、逃亡者の手足は避けて胴体に狙いを定め、その人間離れした足の力を叩き込んでいた。
土車の金槌と違い、作用が面でなく点に近いからか、余所者に蹴られた犠牲者は内臓の一部や背骨を潰されたまま即死できずに地面に転がり呻いている。

人力手作業に頼った中々に非効率な大量殺戮だが、帰省者やレジャー客を含めても600人程度しか人が居ない村の中の神社に来ている50人程度しかいない初詣客の狩りにはそれで支障無く、奴らが到着して30分も経たない内に境内の人間は狩り尽くされた。
仕事を終えた余所者の男はおそらくわざと残して置いた気の強そうな美人女性の参拝客を蹴倒した。
即起き上がり甲高い悲鳴を上げかけた女性を余所者は更に蹴倒して、晴れ着をはだけさせて足を開かせた。
彼女が恐怖で失禁しなければそのまま犯すつもりだったようだ。
奴は恐怖と屈辱で震えながら自分を睨みつけている女性に舌打ちして更に彼女を蹴飛ばした。

俺は、奴が女性を脱がせた辺りで動画の撮影を止めてさっさとSNSにアップした。
そう言うシーンを入れても拡散され難くなったり削除対象になりやすくなるだけだと考えた。

余所者は暴力で屈服させた女性に全裸になる事と「ごめんなさい」と謝りながら口を使って奉仕する事を命じていた。
その間も土車は余所者が狩った人間の胴を鎚で打って粉々にしたり、手足をもいだり黙々と仕事をしていた。
奴らの目的はあの化け物に人間の手足を贄として捧げ成長させる事だ。
成人しても家業を手伝わず外に出て遊び呆けるお調子者との評判と正反対に本来の土車は寡黙で勤勉な男のようだ。

敵に動きがない間に投稿した動画の拡散状況をチェックしたが、数日前に立ち上げたフォロワーの少ない俺のSNSアカウントに上げただけでは効果は無きに等しかった。
ニュースアカウントとかに絡もうか、動画投稿サイトにも上げようかと考えていた最中、奴らに動きがあった。
神社に来た時よりも二周りは肥大し、2m前後の土車の身長と同じくらいの体長になった化物を連れて土車が余所者の所へやって来た。

「迦楼亜ぁ?
ええー…
何やってんのぉ…?」

土車の声自体は筋肉質で大きな体に相応しい太く重い物だが、口調と語尾は軽い。
(ああ、あの余所者は『迦楼亜』か。)

「あーあ、手足まで小便まみれ痣だらけにしちゃってー…」

迦楼亜に対して呆れたように話す土車。

「いいだろ。
どうせ蛭子様は女嫌いだからコイツの手足は所望されないよ。」

迦楼亜の声は若い。
恐ろしい事に初対面の年上の女性に暴力を振るい、辱めて蹴り殺して全身に小便をかけたこの凶悪犯罪者はおそらく自分と同年代だ。

「あいよ、分かった。まーいいや、次行こ。
外から機動隊とか来る前に蛭子様もっと大きくしたいから。」

軽トラックの荷台に化け物を載せた土車と迦楼亜がジビエレストランの方へ走り去った。
この村の中では人が集まる主な施設は数えるほどしか無いので、行く方向で次のターゲットは絞れるし、荷物はボディバックひとつのこっちはほぼ直線距離で移動できる。
後から走って奴らを追ったが、奴らより早くレストランにたどり着いて撮影ポイントを探す事ができた。

レストランへ向かう途中、大体の村民はレジャースポットに出かけているか家で過ごしているかで外に人はいなかった。
だが、稀に外で遊んでいた子供とその保護者数名に時速60Km程度で道を、畑を、原野を、民家の塀を、時に屋根の上を飛ぶように走る俺を目撃されてしまった。
まあ、もうすぐそれどころでは無くなって俺の事などすぐ忘れられるだろうから良しとする。

■人でなし
あの二人のテロリストも俺も普通の人間ではない。
俺達は大昔に人に害した「蛭子」と言う異形の子孫だ。

丹沢村を囲む7つの山の1つ、大江山に怪力の鎚熊、蠱惑の英鼓、俊足の迦楼亜の3体の鬼を倒したと言う豪族、当麻王子の鬼退治伝説がある。
俺達はまさにこの伝説の関係者だ。

飛鳥時代、とある豪族のもとに手足が無く、顔の左右の発達具合がいびつな異形の子供が生まれた。
その子供は顔の右側が歪縮し、左側がそれを補うように肥大していた。
右の目は小さくほとんど開かず、大きく発達した左目ひとつしかない単眼に見えた。
口も歪にゆがんでおり、言葉を発する事が無かったので白痴と思われていたが、それは誤りで知能はとても高かった。
加えて異能を持って産まれており、感応力で家人の思考を読んでいた彼は、自分が家の恥部扱いされ、隠され、蔑まれながらお情けで生かされている事を知っていた。
数えで5歳まで表に出さず生かされたが、ある夜、ついに寝ている間に舟に乗せられ海へ流された。

海の上で目を覚ました異形異能の子供は怒り、憎み、恐怖した。
離岸流に捕らわれた舟を念動力で操り、何とか流された場所から遠く離れた海岸にたどり着いた。

子供は貧しい漁師に拾われ、蛭のような蛭子と名付けられた。
蛭子は、搾取され持たざる者であった貧しい漁師達と、更にそれより下に置かれていたその家族達の哀れみと優越感の置き所として死なない程度に飯を与えられ生かされた。

蛭子は生みの親や育ての親達の思惑と違い、虚弱どころか強靭な生命力の持ち主だった。
不衛生な扱いにも耐えながら更に数年生きた蛭子は意思の弱い人間を異能で操れるようにまでなっていた。

心の弱い人間を複数操り、数の力で追いはぎをさせる事を繰り返し、財産と手下を蓄えた蛭子は養親を殺して彼らの僅かな家財をも奪い、村から出て手下共々、故郷に近い大江山に移動し住み着いた。
蛭子は10代前半で野盗団の首領となった。
生みの親と一族を恨み、憎んでいた蛭子はその領地を荒してやろう、機会あれば復讐してやろうと企んでいた。

その数年後、大江山に鬼が住み、人を襲うという噂がその地を治めていた豪族の耳に入り、第三王子の当麻に征伐の命が下された。

まだ少年である当麻王子は4人の部下を従え鬼のいる大江山へと向かった。
途中、王子が天に祝福された者である事を裏付けるように明鏡を携えた犬が現れたり、王子の念によって死せる馬が生き返り王子の供となった。

鬼の討伐はあっけなく終了した。
鬼と言われた盗賊団の大半は体も小さく心も弱い者に過ぎなかった。
美しい当麻王子と大きく立派な体をした王子の部下に挑まれると悲鳴を上げ、逃げ惑い、まともに戦う事もできなかった。
制圧後の振る舞いの残虐さで鬼よ夜叉よと恐れられたが、盗賊共は数に物を言わせ、小さな集落を奇襲して略奪を繰り返しているだけのコソ泥だった。
自分より強い者、大きい者、立派な武具を着けているものに自分達が襲われたら反撃の気合も持てず猿同然の奇声を上げて理も無く逃げ惑い、なで斬りにされるままだった。

盗賊団が根城にしていた洞窟の奥深くに首領である蛭子が居た。
山周辺の村で襲撃の生き残りから話を聞いていなければにわかに信じられぬ、手足の無い単眼の、自分では思い通りに動く事もできない盗賊団の首領である。
蛭子は動かし難い口を必死に動かし当麻王子に命乞いをし、当麻王子はそれに応じた。
盗賊団が壊滅したなら、自分で動く事も適わぬ者を切る必要は無いだろうと情けをかけた。
蛭子は当麻王子ゆかりの寺に戦勝祈願に彫っていた仏像とともに預けられた。

■異形の心
蛭子は当麻王子を一目見て自分の弟と看破した。
王子の名乗った氏姓を記憶していたし、王子は自分を捨てた母親に瓜二つだったからである。
蛭子は憎い憎い妬ましい弟に命乞いして命を繋いだ。

蛭子には5人の息子が居た。
襲撃し、占領した村の器量の良い娘を手下に連れてこさせて裸に剥き、自分に跨らせて自分の醜さに恐れ戦き嫌悪し泣き喚く娘を眺めると言う醜い愉悦の行為の果てに命を結んだ5人の息子達だ。
その内一人は自分と同じ蛭のような奇形で産まれてすぐ殺された。
寺で世話されながら蛭子は我が子に念を送った。
子供達の内、自分の呼びかけに応じた3人をそれぞれ鎚熊、英鼓、迦楼亜と名付け洗脳して情報収集や鍛錬を行わせた。
3人の子供が10代になり一人前に殺しができるようになった時、当麻王子の妻と子が居る家を奇襲させ、家人もろとも惨殺させた。
自分と大金槌の姿を自在に消しながら怪力で暴れる鎚熊、歌で人心を惑わす英鼓、目にも止まらぬ動きで次々人を殺す迦楼亜の3体の鬼への畏れは瞬く間に広まって後の鬼退治伝説では話の要に据えられた。

寺に駆けつけた当麻王子に目的を果たした蛭子はもう命乞いはしなかった。
自分が黒幕であった事と当麻の兄である事を告げた後、当麻に討たれた。

『自分が黒幕であると当麻王子に暴露した後、蛭子は討たれ、バラバラにきざまれ、穢として7つの寺に分けて封印された。
鎚熊、英鼓、迦楼亜は蛭子の死と共に妖力を失い退治された。』
伝承の顛末はそう結ばれている。

だが、実際は大分違う。
鎚熊、英鼓、迦楼亜は蛭子の死と共に姿を消しただけで退治などされていない。
当麻王子は黒幕が蛭子である事、蛭子が自分の兄である事を告げられた後、兄上に気づかず不遇な目に合わせ続けて申し訳ないと詫びた。
そして、人を殺めた貴方をもうこのまま置けないが、せめて私が黄泉への供をするのでどうか許して欲しい、納得して欲しいと告げ、蛭子の喉を掻き切り、自分の喉を突いて死んだ。
その後、蛭子の体は当麻の遺言通り寺の一角にひっそり埋葬された。

当麻王子が自分の妻子を殺した蛭子に詫びたのは、すでに祟りと化している異能異形の存在の怒りを鎮めるため、これ以上祟らせないためだった。
そのために自分の感情すべてを飲み込んで祟りを鎮めるための生贄になったのだ。

蛭子は自らのこれまでの行いを悔いたりはしなかった。
しかし、自分が王子を妬み嫉み恨んだのは過ちであった。八つ当たりであった。当麻は真の王子であった。成るべくして王子として産まれたのだろう。
自分が彼を妬んだことはお門違いであったと考えた。

蛭子は死んでも自らの憎しみ、怒り、呪いについては否定も後悔もしなかった。
同じ境遇にまた産まれる事があれば、同じように祟り、他者を操り、奪い、殺し、犯す、そこに変わりはないと考えたままだった。
だが、当麻に贄を捧げられた時点で彼の怒りは収まり、祟りは鎮められた。

本質的に人とは異なる身も心も異形の存在。
生涯人の心に目覚めることは適わなかったが、最期に自分の当麻への仕打ちは過ちだと悔い、過ちを正すことに執着した。
そしてその念は常に自分の近くにあった当麻王子が彫った仏像に取り憑いたのだった。

 -続く-

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