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硬質な球体なのに、内側で柔らかく振動しているのが見えるよう

水俣メモリアルで「メモリアルボール」(タイトル画像)を見たとき、魂のかたまり(鎮魂)を感じました。球体だから正面も後ろもないのに、いずれも海に向かって今にも転がりだしそう。儚い、生と死のあわい。

メモリアルボールを思い出したのは、ウォルター・デ・マリアの話からでした。NPO法人アーキペラゴの理事長から、アート関連の話をシリーズで聞いている中で、2014年NYの話題に。三井理事長は、川島猛先生の奥様に勧められて、近所の作品を訪ねたというのです。それは、ウォルター・デ・マリア、ニューヨークアースルーム、 1977年でした。

「男か女かわからない作家でね。彼の作品は、直島にもあるよ」
地中美術館で大好きな作品、祈りの場のようです。
ウォルター・デ・マリア 「タイム/タイムレス/ノー・タイム」 2004年 /  地中美術館  ベネッセアートサイト直島のウェブサイトより

地中美術館でマリア

ウォルター・デ・マリア 「Seen/Unseen Known/Unknown」2000
(見えて/見えず 知って/知れず) @ベネッセハウスミュージアム

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直島に、もうひとつあるとは! 私は、見逃していました。

球体のイメージは、材質にもよりますが上記の作品は硬質なので重量感があります。球体をありのままに置く、空間配置。球体の素材と色とサイズ。設置場所の意味。球体作品について、基礎的な知識が欲しいなあ。必要条件と作家にしかない十分条件。

水俣メモリアル のウェブサイト

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水俣メモリアルの審査員=建築家 磯崎新

2009/5/27付 日本経済新聞 朝刊 
私の履歴書  建築家 磯崎新(26) メモリアル――自分信じた水俣の碑

↓ アースワーク 美術の基礎問題 連載第17回 村田 真

↓「アートの現場としての多摩川 観光芸術研究所から球体写真まで1964—2009」展

↓負の記憶とメモリアルの表現をめぐって 笠原一人


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