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おじさんとわたし 7 (父との再会)


水族館は私にとって少し特別な場所である。


色とりどりの魚たち
ふわふわと泳ぐクラゲ
可愛い生き物や神秘的な生き物


たくさんの海の生物が水槽の中で時にライトアップされながら悠々と泳いでいる。


非日常を手軽に味わえる空間だ。
天気にも左右されない。


なぜか私は昔から水族館が好きだ。
綺麗で冷たくてちょっと胸がスーンとする。




父と初めて会ったのも水族館だった。


私は3歳から小学3年生まで父と過ごした記憶がない。
というのも、3歳で両親が離婚し、母と暮らしていたからだ。


祖母いわく
小学3年生になった私がなんの前触れもなく、ふと急に父の写真が見たいと言ってきたらしい。
父と母の結婚写真を見せたところ
「もっと髪がもじゃもじゃだった気がする」とか「こんなだったっけ…忘れちゃったな」とか言っていたという。
そうして祖母は父と私を会わせることにした。


会った日のことはなんとなく覚えている。


よそゆきのワンピースを着て
良いところのお嬢さんのようなカチューシャをつけて待ち合わせ場所へ向かった。


青いポルシェの中で私は少し緊張していた。
おじさんが運転し、祖母と私が後ろの席に座っていた。私が固くなっているのを察してなのか、誰もあまり喋らなかった。
サンシャインの入り口で降ろしてもらう時
運転席からおじさんに
「帰りたくなったら言うんだよ。いつでも迎えに来るからな」
と言われた。
バックミラーにくっついているクッキーモンスターの人形が揺れた。


祖母とサンシャインのエスカレーターを上がると、ひらけたところに父がいた。


ドラマとか映画では、はっとして「あれが私のお父さんだわ…!」となるところであるが
正直全然わからなかった。


涙で顔をぐちゃぐちゃにしたおっさんが近づいてきて私のことを思い切り抱きしめたから「あぁ、この人が私のお父さんなのか」とわかった。


祖母は私に携帯を持たせ、帰って行った。


父は「何したい?どこへでも行こう」と言ったが、人見知りな私は「なんでもいい」と言って俯いていたのを覚えている。

とりあえず映画を観に行くことにした。
何が観たいか聞かれ「あれがいい」と言ったのは『クレヨンしんちゃんオトナ帝国の逆襲』であった。



大して観たいわけではなかったが、子供らしいものをと思い、それにした。
こういうところが昔から私は生意気であると自分でも思う。
父は私が初めて要望を口にしたので安堵したような表情を見せていた。


映画の内容はほとんど忘れた。
少し覚えているのはしんちゃんが走りながら東京タワー?の階段を駆け上っているところだけ。
途中でちらりと父の顔を盗み見た。
特に話すこともなく、ただ黙って2人で並んで映画を観た。
6年間の空白の時間が、コールタールのようにただそこに沈殿していた。


映画の後は水族館へ行った。


2人でただ黙って魚を見た。
途中何度か父は涙ぐんでいた。
スカートの裾を翻すように大きなエイが私の頭上をかすめていった。


気づくと、最初ほどの緊張は解け、手を繋いで歩けるようになった。
クラゲがぷかぷか浮いて、青や紫に照らされていた。
小さなエビが一生懸命足をしゃかしゃか動かしていた。


水族館を出たところで何か買おうとミュージアムショップに連れていかれた。
私はいらないと言うと「今までできなかったから、何か買ってあげたいんだ」と言われた。
その中で目についた青い魚のペンダントを買ってもらった。
そのペンダントは今はもうない。
弟が生まれた時にむしゃくしゃして捨ててしまった。
でも、取っておけばよかったなぁと最近になって思っている。


父に祖母の家まで送ってもらい、帰宅した。
緑色のジャガーに乗っていた。
「じゃあね、またね」といい頭を撫でつむじにキスをされた。
アメリカ人みたいだなと思ったが、どうしていいかわからず、車の頭についているエンブレムを撫でていた。
テールランプが夜の街に消えていくのをずっと見ていた。


家に着くとおじさんがホッとしたような顔で迎えてくれた。
その顔を見て私も安堵した。
「楽しかった?」と聞かれて
「つかれた」と答えた。
おじさんが買っておいてくれたショートケーキを頬張りながら、ペンダントを見せ「買ってもらった」と報告すると「よかったね」と言われた。
その時のおじさんの表情はよく覚えていない。
祖母は「父親の顔がわかって良かったわね」と言った。


今、私は父の病院でたまに仕事をしている。


子供の頃、無抵抗に父と母に奪われた時間は永遠に戻らない。
でも、これからの時間は自分で作り出せる。
お互い生きてさえいれば、会うことも会わないこともできるのだ。
私の時間は私のものになった。
大人になって1番良かったところである。

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