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函館の佐藤泰志原作映画シリーズ『草の響き』~死の不安から逃れるために走り続けるしかないこと~

画像(C)2021 HAKODATE CINEMA IRIS

芥川賞候補になりながら受賞できなかった函館出身の夭逝の作家・佐藤泰志の原作モノをシリーズでプロデュースし続けている函館シネマアイリスの菅原和博氏。『海炭市叙景』(2010)、『そこのみにて光輝く』(2014)、『オーバー・フェンス』(2016)、『きみの鳥はうたえる』(2018)に続く第5弾として2021年に製作されたのが本作。これまでの作品はどれも愛すべき佳作だ。調べてみたら、斎藤久志監督は2022年に63歳でガンで亡くなっていて、本作が遺作となった。

自律神経失調症を患った男が医者に勧められてひたすら走る話だ。佐藤泰志の小説は、モノローグ的に綴られているもののようだが、斎藤久志監督は彼の妻である脚本家の加瀬仁美に、妻の視点からこの夫に寄り添う物語として再構築してもらったようだ。

何を考えているのか分からない自分のことで精一杯の東出昌大と、そのそばにいながら自分の存在が重荷になっているのでは?と思いつつ、子供を出産するためお腹が大きくなっていく妻に奈緒。この二人の役者がこの映画はいい。東出昌大はメンタル不調で故郷の函館に戻ってきた。親友(大東駿介)が彼を病院に連れて行く。妻の奈緒は慣れない土地で一人孤独で、夫との距離も感じている。夫は妻に優しい態度で接するが、どこか上の空。そんな夫とどう接していいか分からない表情の奈緒が好演。子供を産むという幸福を夫とともに味わえず、どこか寂しさをたたえた奈緒が、夫との「どうにもならない現実」を表現している。犬をそれぞれ散歩させながらすれ違っていく二人。東出昌大はひたすら一人で走っている。近所の住宅街や海辺の公園、土手や橋を。その走りに合わせるようにスケートボードが得意な一人の若者(Kaya)が同調していく。走ることとスケートボードで滑っていくこと。似た者同士。最初、東出昌大の学生時代の過去を同時に描いているのかと思ったが、別の若者たちだった。Kaya、林裕太、三根有葵。スケボーと水泳で知り合った学校には馴染めない二人の少年とその姉。3人の関係もいい感じだ。

死が彼らの不安に忍び込んでくる。人があまりいない海辺の公園や駐車場のロングショットが多用される。東京の大学を出て、地元に戻って皿洗いの仕事をしている息子を見下す父(利重剛)。必死に死の不安に抗おうと走り続ける東出昌大。夜の駐車場の花火と姉を肩車する弟の引きの長回しカットがいい。

犬を連れて東京へと向かう奈緒が、最後に北海道に来て会いたかったキツネに出会う。東出昌大は病院の柵を乗り越え、裸足で草の上を走っていく。大袈裟な感情表現や事件があるわけではなく、走るしかないことと続いていく日常を淡々と描いているところに好感が持てる。


2021年製作/116分/PG12/日本
配給:コピアポア・フィルム、函館シネマアイリス

監督:斎藤久志
原作:佐藤泰志
脚本:加瀬仁美
企画・製作・プロデュース:菅原和博
プロデューサー:鈴木ゆたか
撮影:石井勲
照明:大坂章夫
録音:矢野正人
美術:原田恭明
編集:岡田久美
音楽:佐藤洋介
ピアノ:村山☆潤
キャスト:東出昌大、奈緒、大東駿介、Kaya、林裕太、三根有葵、利重剛、クノ真季子、室井滋

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