見出し画像

2つもある!ヒコーキの神社

神社と言うと普通は昔からその地に祭られている神様のお社だと思うのですが、たまに想像もできないような神様がお祀りされてる神社があります。

最近発見した想像もできない神社は何と飛行機をお祀りしている神社。しかも一つや二つではない数の神社が飛行機をお祀りしているのです。

近畿地方だけで2箇所もあるのを見つけたので、ひとまず見てきました。


「飛行器」の神社・飛行神社

京都府八幡市にある飛行神社はライト兄弟とほぼ同時期に動力飛行を目指した日本の航空機研究者。二宮 忠八が設立した神社です。

彼は香川県の歩兵連隊に兵役についていた際、カラスが羽ばたかずに空を飛んでいる姿を見てライト兄弟とは全く無関係に空を飛ぶ乗り物「飛行器」の原理を構想。「烏(からす)型飛行器」というゴム動力で四枚羽根のプロペラを回して空を飛ぶ模型を製作。1891年(明治24年)には実際に自力滑走から10mほど空を飛んで見せたそうです。

その後有人飛行が可能な大きさの「玉虫型飛行器」を設計。人が乗る機械となるとさすがにゴム動力とはいかず、何らかの強力な動力源が必要になるのですが、最後までこの動力・・・エンジンを調達することが出来ずにいるうちに1903年。ライト兄弟の飛行機が初飛行に成功した結果「飛行機の発明者」の称号を受け損なってしまいます。

飛行機の発明者として名を残すことは出来ませんでしたが、発明されたばかりの飛行機は決して安全な代物ではなく、墜落事故が当たり前のように発生し、犠牲者が絶えることはありませんでした。これら航空機事故による犠牲者の慰霊が必要だと考えて私財を投じて設立した神社が飛行神社でした。

飛行機の神社ということで、金属製の鳥居とギリシャ神殿風の拝殿と言う日本の神社とは思えない姿をしていますが、神話に登場する天磐船に乗って空を飛んだとされる神。ニギハヤヒ(饒速日命)を祭る磐船神社(大阪府交野市)から勧進を受けた立派な神社です。

社務所の中に飛行神社資料館があり、設立者である二宮 忠八の業績や日本の飛行機、ロケットに関する資料が集められています。彼の飛行機に関する研究が軍と関連していてたこともあってゼロ戦を始めとした戦前、戦中の航空機、航空自衛隊の資料などが中心で、なかなかマニアックな資料館ではないかと思います。

泉州航空神社

こちらは大阪府泉佐野市にある神社で、関西空港の建設を機に飛行機と飛行機による渡航の安全を祈願して創建されたものだそうです。こちらの鳥居はさすがに金属製という訳ではなく、一般的な朱塗りの鳥居ですが、堂々たる3枚羽根のプロペラがかかっているのに驚きます。

京都の飛行神社と同じく、磐船神社のニギハヤヒを分霊してお祀りしているので正式名称は「泉州磐船神社」。建物自体も飛行神社のギリシャ神殿風という訳ではなく、一般的なお社ですが、境内にヘリコプターが「狛犬」として展示されています。

こちらにも境内に資料館あって、やはり戦前、戦中の航空機の遺品が展示されています。全体的な規模でいうと京都の飛行神社には及ばないという感じですが、飛行機にかかわらず旧海軍中心(海外への渡航→海軍。という繋がり?)の細々とした資料が多く展示されています。

古来より伝えられる神と繋がる「飛行機」

今回改めて調べてみると、「航空神社」と呼ばれている神社は日本全国で10か所ほど存在するようです。東京にも羽田空港の敷地内、港区の航空会館というビルの屋上、の計二か所に「航空神社」が存在するそうです。

全て調べてみたわけではないのですが、近畿の二つの神社に祭られた神ニギハヤヒは飛行機のために新しく作られた神ではなく、「古事記」などに記述された神様で、しかも何かこじつけで飛行機の神様という事にしてしまったのではなく、天磐船という空飛ぶ乗り物に乗ってやって来た。と一応空飛ぶ乗り物にまつわる神様として古来より伝えられてきたのは不思議な話です。

島国である日本の場合、常識的に考えれば神様は海からやって来たと言い伝えられても不思議ではないと思うのですが、古い神様が天孫族と呼ばれていたり意外なほど空にまつわる神様が多いのはそういった事例に例えられる何かの事実が隠されているのでしょうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?