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言葉と向き合うことを諦めないと決めた日

誰しもがきっと、言葉にせずに自分の中だけで抱えている想いや経験があるはずだ。そう思うと、なにを言葉にすればいいのか。言葉にしないことこそが核心かもしれないし、すべてを言葉にすることが正しいわけでもなく、むしろ言葉にすること自体が暴力的な行為なんじゃないかと思ったりすることもある。その一方で、勇気を持って発してくれた言葉や、ふとした瞬間に出会った言葉に支えられ、救われることもある。

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先日ひと段落ついたプロジェクトでご一緒していた方と、プロジェクト以外の話をする機会があった。普段あまり出会うことのない、まったくの別分野で活躍する方との会話は、あらゆるトピックスにわたった。そろそろ解散の時間も見えてきたころ、その話題にたどり着いたのはひょんな流れだったが、その方から出た話は、私がまだ言葉にすることができていない、今後言葉にすることがあるのかもわからない経験についてだった。まずその経験について自ら開示できる強さに驚いたし、それを私たちに話してくれたことにも驚いた。人が抱える経験にひとつとして"同じ"なんてないのは重々承知だが、要素だけを抜き出せば、まったく同じ経験だった。

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それまで、そんな人に出会える日なんて来ないだろうと決めつけていた私は、思わず「実は私も同じ経験をしました」と話した。そこにはなんの躊躇もなかったし、はじめて言葉にできた瞬間だったと思う。このタイミングで出会えたことが自分にとって大きな励みになったし、心に留めておいても誰にも責められないのに、言葉にしてくれたことに感謝した。

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大学時代は出版社での学生記者活動に多くの時間を注いだ。今でもふとしたときに、当時お世話になっていた方がよく口にしていた「言葉は人生の支えになるから」という言葉を思い出す。当時は「そうかなぁ」なんてぼんやり聞いていたが、社会に出て辛い時や悩んだ時、本を読んだり映画を観たり、誰かと話すことで、言葉の力でまた前を向いて立ち上がれる瞬間がたくさんあった。

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私の仕事のひとつは、誰かの想いを言葉に紡ぐこと。言葉はいつまでたっても完璧の見えない難しい存在であり、時には誰かを傷つける暴力性も持っていて、日々向き合う対象としてはなんて厄介なんだろうと投げ出したくなる時もある。

でも、これからも私は言葉の力を信じたい。諦めずに、明日がちょっと明るく思える言葉を紡いでいきたい。誰かの人生を支える力を持つこともあることを知っているから。


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