評価のときにもつべき5つの視点

教師に限らず、すべての人は何かしらの対象を評価している。個人の成績かもしれないし、自分の健康状態かもしれないし、今日訪れたレストランの料理の味かもしれない。学校で教師が「評価」と聞くとすごく堅苦しい感じがするが、実はもっと日常的で感覚的なことなのだとも思う。

評価するとは、ものごとを価値づけし、場合によってはその因果関係などを推測する知的作業である。また、その評価の結果が自分の行動選択に影響を与えることも少なくない。では、我々は対象について、何をどのように評価しているのだろうか。本稿では「Appraisal Theory」を援用しながら、評価という知的作業の構造を明らかにしていく。

Appraisal Theoryにおけるプロセス

Appraisal Theoryとは、認知心理学でよく持ち出される人間の認知や評価のプロセスをモデル化したものであるが、そこでは4つのプロセスにまとめられている。

①認知(Notify)

まずは、対象を「見つける」という段階である。視覚や聴覚を中心とし、五感のすべてを駆使して対象の存在を知るところから始まる。

②価値づけ(Appraise)

次に行うのが、その見つけた対象への「価値づけ」である。わかりやすい例が「挨拶をすべき相手か」という判断だろう。廊下を歩いている時、視界に入ったすべての相手に挨拶をしているわけではない。その中で「挨拶をすべき相手」を無意識に選別しているのである。また、「雨が降りだした」ことを認知した際にも、その価値づけは様々だろう。外を歩いているときと室内にいるときでは雨に対する不快感は変わるだろうし、洗濯物を干していることを思い出したらさらに異なる価値づけを行うはずである。このように、我々は認知した対象を、そのときの文脈に沿って瞬時に価値づけている。

③ストラテジー選択(Choose)

価値づけをしたら、次の3つのうちどれをとるかを選択している。
(1)その対象に影響を与えて現状を変えようとする
(2)自分自身が変化して現状を変えようとする
(3)特に変化を起こさずに現状を受け容れる(または無視する)

例えば、道を歩いていたら目の前にペットボトルが落ちていたとする。それを見つけたあなたは、周囲の状況や推測などを高速に巡らせて「拾うかどうか」を判断するだろう。そして、判断の結果、ストラテジーを選択する。この場合は、
(1)ペットボトルを動かす(拾う・別の場所に移す・蹴るなど)
(2)ペットボトルを避けるように進行方向を変える
(3)ペットボトルを無視してまっすぐ進む
となる。

④行動の実行(Implement)

そして最後に、選んだストラテジーを実行する。実行すれば必ず成功するわけではない。例として野球のバッターをみてみよう。ピッチャーの投球を「認知」して、球種や球速を「価値づけ」する。そして「バットを振るか」を判断し、いざスイングを実行しても、当たらないことも当然ありうる、といった具合だ。あるいは「何もしない」というストラテジーを選択した場合は、そのとおり対象に対して何も行動をとらないことが「実行」となる。この4つの段階は認知プロセスであるため、本当は動きたくないのに思わず体が反応してしまった、という反射的で制御できない部分もあるだろう。

そして、一連のプロセスを実行するとまた新たな状況になる。それを再び「①認知」して、その後のプロセスを再開するというサイクル構造があるというのがAppraisal Theoryのいうところだ。日常生活やスポーツの場面など、実に多様な場面での人間の行動選択をモデル化したものである。

行動の「エラー」の原因は5つある

このプロセスに乗せて考えると、行動のエラーが起こりうる原因の所在を整理することができる。その前に、そもそも「エラー」とはどういうことかを定義しておこう。

ここでいう「行動のエラー」とは、「思い通りの結果にならなかったこと」である。誰の「思い通り」なのかはそれぞれあるが、自分の思い通りにならなかったら本人はそれを「失敗」と捉えるだろうし、本人はそう思わなくても、他者が期待していたとおりにならなければ、きっと本人に対して忠告などをしたくなるだろう。

つまり、当事者の行為をAppraisal Theoryで説明できるのと同時に、その結果の評価についてもAppraisal Theoryで説明できるのである。教師が子どもの行動に口を出したくなるのは、子どもの行動の結果が、教師の「思い通り」にならず、子どもの行動を「エラー」と認定するからである。では、そのエラーの原因を子どもの行動選択までの認知プロセスのどこに見つけられるのか。例として、「挨拶ができない」ことの原因を整理してみよう。

①「認知」局面でのミス

まず最初の原因として考えられるのが、そもそも挨拶をする相手に「気づいていない」ことである。友達との会話に夢中で近くを通ったことに気が付かなかった、ということもありうるだろう。そもそも気づいていなければ挨拶などできるわけないし、本人にも「無視した」という自覚はないので悪気など一切ない。

②「価値づけ」局面でのミス

相手に気がついたとしても、その人が「挨拶をすべき相手」かどうかの認定は別の問題である。ここが非常に重要であり、この認識が教師と子どもの間でずれている可能性は十分に考えられる。子どもは「挨拶をすべき相手」の範囲が比較的狭いため、一人ずつその対象を地道に広げていくしかない。

③「ストラテジー選択」のミス

「挨拶をすべき相手」として認識できても、実際に挨拶をするかどうかは状況によって変わってくる。以下のように選択肢はいくつか考えられる。
・動作を止めたり、近づいていったりして”わざわざ”挨拶をしに行く
・相手が自分の存在に気がついたことがわかったら挨拶をする
・相手が忙しそうだから今は挨拶をしない
・すでに挨拶を交わしている相手だから再度挨拶はしない
など、さまざまな要因を総合的に判断して挨拶をするかどうかを決定する。特に強く影響するのは「挨拶の射程圏内」の個人差だろう。挨拶をする距離間の認識は人によって大きく変わるし、仮に遠かった場合、遠いからしないのか、あえて近づいていってするのかという判断も異なる。いずれにしても、「挨拶をする状況か」の判断基準が異なると、このようなエラーが生じる。

④「実行」局面でのミス

この局面のミスには2つのタイプがある。いざ「挨拶をしよう」と思っても、タイミングを逃したり、躊躇してできなかったりというミスである。これは「選択したストラテジーの未遂」というタイプのミスであり、やろうとしたことが上手くできなかった場合である。
もう一つが、挨拶をしたけど届かなかったというミスである。これは「選択したストラテジーの不十分な遂行」というタイプのミスであり、声が小さいなど実行したけど十分な効果があげられなかった場合である。

以上の検討から、「挨拶ができない」ことの原因は、
①そもそも相手に気づいていない(認知の失敗)
②「挨拶をすべき相手」として認識していない(価値づけの失敗)
③「挨拶をすべき状況」としてとらえていない(ストラテジー選択の失敗)
④やろうと思ったけどできなかった(ストラテジーの未遂)
⑤したけど届かなかった(ストラテジーの不十分な実行)
の5つに分けられると考えられる。

原因が異なれば対策も異なる

行動のエラーにつながった原因の所在をAppraisal Theoryのどこに帰属させるかによって、とるべき対策も変わってくる。認知に失敗している場合は、とにかく気づけるようにアンテナを高くするしかない。したがって、意識として顕在化させるという「心がけ」が対策となる。

価値づけに失敗している場合は、文字通り価値観のアップデートが必要になる。そのためにはくり返し言葉で伝えることで「刷り込み」の作業をとることになる。規範的な行動をとらせたい場合は、いわゆる「道徳」の授業やそれに準する場面指導によって、その必要性を訴え続けるしかない。

ストラテジー選択の失敗が原因の場合は、ではどうすればよかったのかというフィードバックと内省が非常に重要となる。この「振り返り」とよばれる作業をすることで、自分のストラテジーの妥当性を確認でき、また次回の似た状況での判断に影響を与えることができる。

ストラテジーの未遂で終わってしまった場合は、より実践的な経験を積むことが必要だろう。同様の場面設定をして、ロールプレイなどの疑似体験をさせながら「行動の教え込み」が対策となる。算数でいえば「こういうときはかけ算がよい」のような、いつ、何をすればよいかを経験的に覚えさせることが求められる。

ストラテジーの実行が不十分な場合は、そのストラテジーの「反復練習」が最も効果的である。文脈に合わせた使い方というよりは、それ自体の行い方の練習が必要で、再び算数に例えるとシンプルな計算練習のような実行トレーニングである。

ここまで5つの原因それぞれに対するアプローチを検討してきた。どれも教育や指導の現場ではとられているものばかりだが、それぞれがみなしている原因の所在は異なっていることがわかるだろう。意識の問題なのか、判断ミスなのか、それとも経験不足なのか、子どもの行動のエラーの原因をどのように認識するかで、指導者がとるアプローチも変わってくるはずである。

指導と評価の一体化という言葉がよくいわれるが、まさにそれは、教師が子どもに何を期待していて、子どものエラーをどの局面に見出しているかという教師自身の見方の話なのだと思う。その見方の選択肢が広がれば、より冷静に子どもの姿をとらえられるようになるだろう。本稿がその一助になれば幸いである。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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