頭のてっぺんからつま先までボーノで満たされている

まったく興味のなかった民族音楽のサークルに入ってしまい最初はどうしようかと思っていたものの、一風変わった先輩たちのなんとも言えない魅力に取り憑かれて、だんだんこのサークルの虜になっていく私。ただ最大の目標である童貞卒業はますます絶望的になっていく。
こんな話を先日書いた。

本日はお日柄もよく、この前とは別の先輩とのエピソードを書きたくなったのでもしお時間が許すならお付き合い下さい。

私は騙されて入った民族音楽サークルで、何人かの変な先輩と仲良くなった。

その中の一人に田村さんという人がいる。一つ学年が上の先輩だ。田村さんには私は最初からものすごく親近感を抱いていた。その理由はただ一つ。

田村さんも童貞だからだ。

ただ田村さんは短期留学したり、ダブルスクールをしていくつかの資格を取ろうとしていたり、バイトのシフトもたくさん入ったりするというアクティブタイプに分類される童貞だった。

私は自分から動こうとしない受動型童貞だったので、田村さんの行動力は羨ましく思っていた。

しかしタイプは違えど童貞は童貞である。国境はあっても人類みな兄弟なのと一緒で、行動力に差はあっても童貞はみな兄弟なのだ。
私と田村さんは一気に連帯を強めた。

ある日、田村さんに田村さんが一人暮らしをしている部屋に来ないかと誘われた。ご飯を作って食べさせてくれるというのだ。田村さんはアクティブ童貞なので、自炊もしていて料理が大好きらしい。田村さんは私がいつもお腹を空かせているのを知っていて誘ってくれたようだ。

私は誘われたら断らないタイプの受動型童貞なので躊躇なく行くことにした。そしてせっかくだしということで、民族音楽サークルの私の同期である、内藤くんも一緒に田村さんの部屋に行きご飯をご馳走してもらうことになった。

もちろん内藤くんも童貞である。
しかし内藤くんはレアな童貞であった。焼き肉でいうところのミスジのようなレアものである。一頭から200グラムしか取れないので売り切れの時はすみませんというような感じである。

「大将!今日ミスジあります?」
「悪い、さっきのお客さんで最後だった」
「えーミスジを食べるために大将のお店に来てるのにー」
「じゃあうちの他の肉はまずいっていうのか!」
「そんなことある訳ないじゃないですか、だったらこんなに毎週来ませんよ」
「フン(喜)、今日はサガリが美味いから食べてけよ」
「はい!(嬉)」



内藤くんはなぜ希少なタイプの童貞だったのかというとイケメン童貞だったのだ。
ジャニーズ系の優しそうな顔をしている。
しかし異常に女性慣れしていないので、まともに女性と話すことができない。そして外見にまったく興味がないようで、イキリ出した中学生が着るような服を、大学生になってもなんの疑問もなく着ていた。

イケメンの無駄遣いとみんなから言われていたのだが、本人はよく分からないというような顔をしていた。

とにかく私と内藤くん(共に童貞)は田村さん(童貞)のアパートへと向かった。そして田村さんの部屋に三人の童貞が集まった。狭い部屋に三人の童貞。部屋の面積における童貞専有率が高い。この日の田村さんの部屋は全国でも53番目くらいの童貞密度だったろう。もう童貞祭りでもするしかないほどの童貞密度だ。

「じいじ、なんか神社の方が騒がしいよ」
「たけぼう、今日は4年に一度の童貞祭りの日だからじゃ」
「童貞祭りって何をするの?」
「村の童貞たちが神輿を担いで村中を練り歩いて、最後は川に入って神輿と一緒に、りゅうじんさまの、みささげものになるのじゃ」
「じいじ、みささげものになるってどういうこと?」
「童貞たちはりゅうじんさまと一緒に天に昇るのじゃ」
「すごい!童貞ってすごいんだね!僕も大きくなったらみささげものになる!」
「たけぼう、確かにみささげものはりゅうじんさまを天にお返しするために大事な役割じゃ。でもじいじはたけ坊には早く童貞を卒業して立派な大人になって欲しいのじゃ。たけぼう、約束してくれ。たけぼうが、はたための儀をする前には童貞を卒業することを。それだけが老い先短いじいじの唯一の願いじゃ。たけぼうよ、約束してくれるか?」
「じいじがそこまで言うなら…うん…分かった…僕は早く童貞卒業できるように頑張る!」


田村さんは「すぐ作るからちょっと待ってて」と言いつつ、小さなキッチンスペースに消えた。

そしてしばらくして、キッチンから出てくると私たちの前にトマトソースのパスタを出してくれた。トマト缶を買ってきてソースから作ったとのことで、童貞の料理としてはなかなか凝っている。童貞のくせにトマトソースパスタなんて童貞のドレスコードに引っかかるようなおしゃれさである。

童貞にはうどんでも食わせておけばいいのだ!(翔んで童貞より)

ともかくさっそく私と内藤くんはパスタを食べてみた。

うん、おかしい。

私と内藤くんはそっと顔を見合わせた。
パスタが硬い。
アルデンテとかそう言うレベルをはるかに凌駕しているほど硬い。
硬すぎて麺がまっすぐなままなので、フォークでうまく巻き付かないくらいなのである。食べるのがままならないくらい硬い。たぶん2分くらいしか茹でていない。

私の頭の中にふと、これは田村さんの渾身のボケであり、私たちにつっこんで欲しいのではという考えが浮かんだ。
この状況をつっこむとしたらどう言ったらいいのだろうか。

「田村さんの家のキッチンタイマーはどんなにせっかちなんじゃーい!」だろうか。ちょっと弱いか。「パスタの袋に書いてある数字だけ読めなくなる病気!」はどうか。分かりにくいか。「クーイズクイズ、なーんのクイズ?パスタはパスタでも硬いパスタってなに?田村さんが作るパスタ!」はどうだろう。ひねらなすぎか。「童貞ならパスタじゃなくて違うところ固くしろ!」が今のフル童貞環境には適切だろうか。でも下ネタはまずいか。

瞬時にこんなことを考えたのだが、田村さんといえば、自分の分のパスタを普通に食べている。

そして私たち民族音楽サークルでは、メンバーみんな常にお腹を減らしていて、食べ物に対するリスペクトがあり食べ物で遊ぶことは考えにくい。

だからきっと田村さんはただの度を越えた硬い食べ物愛好者なのだろう。私はそう確信して「田村さん!うまいっす!トマトの酸味と甘味が効いてて、頭のてっぺんからつま先までボーノで満たされています。私は今まさにボーノの化身です」とやけになりつつ褒めておいた。

内藤くんも私の言葉を聞きハッとしたようで、慌ててパスタを褒めた。

田村さんはまんざらでも無さそうで「パスタ作りますますハマっちゃいそうだな」と満足そうである。その危険思想はすぐに撤回して欲しいと思いつつ、私は残りのパスタを腹の中にぶち込む作業に専念した。

この出来事の後、田村さんは気をよくしたようで、何度も私たちを部屋に呼び、料理を作ってくれた。隠し味であるはずのコーヒーが主役に躍り出てしまっているカレーとか、米や具材にすべからく火が通っていない生パエリアとか、他に使い道のない五香粉を使い果たすことのみを目的として作ったとしか思えない、凄まじい香りのするルーロー飯とか、いろんな料理をご馳走になった。

童貞に童貞料理を作ってもらう中で、私は童貞にさらに磨きをかけていくことになる。まさに童貞沼にはまってしまった。そしてこの童貞沼はそこそこ居心地がいいので、なかなか抜け出せなかった。

無事に童貞を卒業して、みささげものにならずに済むようになるのはいつになるだろうか。
童貞卒業の日までにあったエピソードをこれからも書き続けていきたい。

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