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心にこびりついたアレを落としたい

新しい繋がりや周りに素敵な人が増えてくると、これまで隠していたものがむくむくと顔を出してくる。春に新芽がめぶくように、人も環境が変わると何かが生まれ変わってゆくのかもしれない。
春の訪れならば、皆で集い「桜見に行きましょうよ」とせっせと計画をするが、いざ自分のことになると一旦フタをし、籠城をキメ込んでしまう。

しかし昨年の春ごろから、長年にわたり「こびりつかせてきたもの」をいよいよ落とさないといかんなと、重い腰をあげた。本当に重い。体重も増えたものだから一層重い。きっかけは、SNSで知り合った仲間たちの人間力の高さとコミュ力の凄さを改めて知ったからだった。これまで、薄っぺらい私の人間力でも受け入れてもらってきた。これは、周りの人たちの優しさのおかげだ。けれど、これからも一緒に居たいと思えばこそ、自分を変化をさせないといけないなと実感したのだ。

さて、本題の落としたいこのこびりつきは何なのかというと、いくつかある。

・自己満をフルスペック搭載したコミニュケーション
→これ、そろそろヤバくないか問題だ。コミュニケーションが下手くそで一方通行も多々あり。そして、気を遣ったつもりが相手の気持ちを察する能力が低いばかりに、相手にとって不快を感じさせるような失言をしていることさえある。(私調べ)まだ若いからと受け流してもらえる年齢ではないし、早急に改善が必要だ。

・会話や人への関わりに対する苦手意識
→楽しそうな雰囲気が好きで「私も混ざりたい」と思うものの、同時に「私が混ざってもいいのか?呼んでないのに入ってきて嫌な気持ちにさせてしまわないだろうか?」など思い輪に入れずにいる。自意識の過剰さは富士山並みに積み上がっている。

・誠実でいることを常に考えてはいるが根本はいい加減な奴
→そのため、素晴らしい人たちと出会って輪の中に混ぜてもらったとしても、薄皮がめくれ相手の厚意を欠いてしまうことがある。やったらやりっ放しなところなど、こういった小さな積み重ねが人に対しても出てしまっているのだと思う。

・遠慮しがちと自意識過剰さにより、意図しない振る舞いになる
→これにより、人との関わりに対する苦手意識に拍車がかかる。空気は吸って吐いてはしてきたが読めてはいない。常に顔色をうかがい、自分の思い込んだ色を人と自分の未来に塗りたくっている。

様々列挙したが、酷いものだ。
こうしたいろんな要素が層になりカルテットしている。厄介だ。
「不器用な女ですから…」と、高倉健風にまとめたとて、それでは何も変わらない。

「蓄積」というのは学びや良い行いなどならよいが、上記に並べた自分にとって癖のあるものたちは、築いてきた信頼関係というのを容易く壊し、自分と周りの幸せというものを遠ざけていく。
先人たちが、「建設は死闘、破壊は一瞬」と常々教えてくれているが、現在の私は「やってしまった」後に気付く。

どうやったら、コテコテにこびり付いたこれらを、落とすことができるのか。上塗りをしてキレイに見せるのではなく、根本的に落としたい。変わろうと自らを省りみ、勇気をもってトライ&エラーをしながら起き上がる力で落とすしかないのか。
己の持つ人間力でこうして人と関わろうとするのだ。どれほどの勇気と失敗と、「あ、この人話してみたら無理ってなった」の可能性を乗り越え、滑り倒す覚悟を持てるか。この覚悟の度合いを表現するならば、アルマゲドンのブルースウィルスが地球の未来を背負って旅立つ時のソレだ。

こうして、がんばろうと決めた翌日にいきなり変わるものではないし、このnoteも昨年の春先から書いては消しをしてやっと公開したので、このこびりつきを落とすのもきっと一年仕事になると思う。
このこびり付きを落とした先に少しでも自分の描く「なりたい幸せ」があるのなら、がんばってみるしかあるまい。

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長い長い独り言を読んでくださりありがとうございます。少しでもより良く生きたいものです。




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