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にゃらを【読み切り小説】

 会社から明細メールが届いた。今月も手取りが増えすぎていた。
 いいかげん、社長に苦情しなければならない。

「お電話ありがとうございます。こちらは」

「おう、うたにだ。すぐ社長に取り次ぎたまえ。報酬の件で怒りまくっているとな」

「はっ。い、いつもお世話になっております。少々お待ちください」

 何の曲はわからないが、オーケストラの保留音に頭痛を慰められた。バスローブを脱ぐと呼吸が浅かったと気付く。
 ゆっくり息を吐きながら、ゆっくり立ち上がり、朝の浜でアポヨから借りてきた猫の七助を抱いた。

 アポヨは最近たまたま近所に越してきたらしい。たまたま同じ日、同じ場所を散歩していたのだ。

「偶然ってあるもんだねえ」

 二人して波打ち際をはしゃいだ。けれど、ぼくってたしかどっかの組織に追われている身だから偶然が重なると心配が高じてくる曲者なんだよね、だからお互いを信用する材料としてちょっと猫を預からせてくれないか、そういうことになったのである。

 家政婦が置いていった飲むヨーグルトを開け、それをワイングラスになみなみ注ぎ、素裸のままバルコニーへ出たら、波音に混じってアポヨの鼻歌が聴こえた気がした。
 空を見れば羽田で最後に見た社長の頭部を思い出さずにいられない。あれの切ない真ん中らへんと同じくらい、月が薄く明るかった。

 裸で銃を構えられる、そしたら俺もあなたも頭が冴えますし、いい緊張感を持てますよね。そう。社長は本気でそう言っていたと思う。
 十月に冷えた潮風は何とも言えず心細く、心地良くもあった。

 あの男は、軽い冗談や気の迷いで汚れた海にさえ飛び込みかねない。猫を貸す友に負けないくらい向こう見ずで、非常に興味深い遊び相手だ。
 しかし落ち着け、ぼく。どうせなら慎重に交渉して爆笑しようぜ。
 まず何と言っても社長の事業は彼自身の手で後退させないために、経費を削減させる手を打てる。

「どーもー。にゃらをでございますー」

 ぼくはライフルを構えた。

「遅いよ、社長。四十秒も待ったじゃん」

 ぼくはスコープを覗いた。

「ははーっ。申し訳ございません」

 いる。あそこだ。

「手短に言うけれど、ギャラを値上げされるのもライフルで狙ってくれなんて依頼も困るんだ。できれば来月は振り込まないでくれない?」

 照準、ヨシ。

「その件ですが。今の時点で基準額の五パーセントを下回っておりまして。それにいくらなんでもこれ以下の露出となりますと、役員会でもSNSでも吊し上げてもらえません」

 BAN!

「お説教はけっこうなんだよー! ぼくがそうしてよと言ったらそうするしかないんじゃないかなー!」

 BANBAN!

「三発ともはずれです。では‥‥次月はゴニョゴニョ万円ほどで」

 ちっ。

 返事をせずに通話を終了し、勢いよくグラスの中身を飲み干した直後、他社二件からの振り込み通知も来た。
 どっちもにゃらをの会社の競合相手で、やっぱりゼロの数が多すぎた。

「ああ! もう! 永遠にリーズナブルな男でありたいってのにー」

 七助はぼくの腕からするりと抜けて、天性の俳優みたいに隣の部屋へすたこら帰っていった。さすがに猫だ。主を覚えている生き物だと感心した。
 あんな風になれたら幸せだろうな。

 アポヨとにゃらをは同一人物でない。それは言い切れる。
 でも頭部を除く彼らのコスモが妙に重なって見えるのはなぜだろう。
 ヨーグルトやまたたびで酔えるはずはないのだが。

 妄想の重症だからというわけではないし、現実の軽症だからというわけでもない。ちょっと炎症めいた奇声をはり上げて、やおらニュートラルな奇譚小説を書きたくなる。

 タイムラインのど真ん中目がけてぶん投げられる罠、捨て身の謎、赤っ恥のドライブ、美麗なアイデア、そして誰にも諦めさせないXYZ。

 それらを飾れない情熱と混合させ、新たなるキャラクターに搭載させ、逆に爆破されるほどお高く売り出してみていい気になりそうだぜ。

 * * *

 全宇宙に隠れ家があったら楽しそう😎
 百個くらいペンネームを保有したいなあ。

 世界中に行き届いてしまいかねないほどの、小さな愛と遊び心を込めて。

(お気軽によろしくどうぞ🐾)

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