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全財産9000円だけど恋愛してみた(20代恋愛小説)

1.最後の晩餐

二軒目の浅草のBARで終電時刻がすぎると、僕は高鳴る胸の鼓動をおさえることが出来なかった。

浅草から僕の賃貸で住む一人暮らしの家は、徒歩圏内で家が埼玉県の彼女は帰る手段を失っている。

2回の窓際のカウンター席、ワイングラスには
最後の晩餐がごとくもう何杯も赤ワインが注がれており、会話にも弾みがつきジョークも飛び交うようになっていた。

"人生最後の娯楽"をここで終わらせたくなくて、
僕は軽はずみを装って、慎重に口を開いた。
「そういえば、この後どうする?」
彼女は僕とは対照的に表情からこういう夜のシチュエーションに慣れていないのが見受けられたので、ジョーク混じりに2択を並べてみた。
「うちくる?まあ俺は路上で寝るのにも全く抵抗ないけど」
「路上は嫌だ」
この店の近くのホッピー通りは7月、深夜2時をまわって治安が悪い。加えて
「外は暑いしね」
それだけ言って、僕らは浅草から三ノ輪方面へ、妙な距離のまま歩き進んでいった。

2.バイアス

人は誰しも心に傷を抱えたり、課題を抱えて生きている。
僕には25年の人生を通じて、解決できていない一つの課題がある。

そうそれは、人付き合いにおいて『バイアス』がかかってしまうこと。
(思い込みが激しく、ふとした時に物事を悪く考えてしまう癖がある)

ー今日も僕は、都合の悪いことを、怖い上司に報告まで怠ってしまい、こっぴどく叱られ、取引先の信頼も失ってしまった。

子供の頃思い描いていた25歳とは程遠く、夕食は値引きの時間帯にスーパーで買う一番安い弁当、服は安おしゃれな服を一生懸命探す毎日。友達と飲みに行こうものなら、すぐ収支が赤に転じてしまう。

貯金もほぼ底をつき、自分を制御するストイックさを備え合わせていない僕は、とうに一人暮らしは諦め、賃貸契約も来月にはもう解約することを決めている。
「みんなそんな感じなのかな」
同僚に怒られたことの慰めを求めたことがきっかけで始まったビデオ通話で、僕は率直な疑問を投げかけてみた。
「聞いたことないよ、貯金が底尽きて、賃貸契約解約なんて」
通話越しに、声のトーンから同僚の面白がってる表情が浮かんできたので
「俺も聞いたことないよ、彼女と同棲するために12畳の部屋を借りたのに、一緒に住み始めて1週間で出ていかれた人の話」
話を聞く限り彼(同僚)は性格も良く女慣れもしているものの、極度の酒好き(飲兵衛)が悪さして、女の子に出て行かれたと推測している。

ー人はそれぞれ課題を抱えて生きている。

「そういえば小久保って、いつも告白ってどうやってしている?」
25歳の大人が真面目な声で、童貞の高校生のような質問を投げかけた。
「急にどうした?」
「明日わからないけど、飲みに誘ってくれた先輩に告白するかもしれない」
すると彼は恋愛にこだわりがあるのか、先程の面白がる声とは対照的に、真剣なトーンに変えて口を開いた、
「えーと、まず(名前)って彼氏いるって聞く」
「それでいないって返ってきたら?」
「それでいないって返ってきたら、僕じゃだめですか?って」
僕は、無言の聞き入る意思表示をすると彼は続けた。

「そうすると、ほとんどの女の子が笑ったりするからそこで
 『本気です』ってマジでいう」

彼の熱量のせいだろうか、一瞬電波が歪んだのを感じた。

3.僕と彼女

「自分と考え方が異なる人と一緒にいた方が面白い」
僕が告白した翌朝、彼女がそう僕に言ってくれた。
その言葉を聞いた時、ミステリー小説を読み終えた読後感のような、恰も謎が解けたような感覚を味わった。

仕事終わりに、飲みを誘ってくれたのはいつも彼女の方だった。
「帰りに同じ日比谷線を使っていて、誘いやすいから」
付き合うまで、彼女はそう僕によくいっていたものの僕と彼女は考え方も、置かれている状況も
まるで異なっており、誘われるたびに疑問に思っていた。

例えば彼女は親も金持ちで、仕事の稼ぎもよく、
身なりも整っており、なにより真面目で大人びていた。

対照的に僕は、今全財産の貯金が9000円で、仕事の稼ぎも
良いとはいえず、服装も垢抜けているとは
とてもいえない格好で。

ーまあ、貯金の話は打ち明けていないのだが

「あ、そういえば私来週が誕生日なんだよね」
彼女の期待に満ちた瞳が、唐突に僕を見つめてきた。
常識に照らすと告白した翌日に誕生日の予定を断る言い分なんて、咄嗟に出きやしない。そう彼女は育ちも良く、僕と異なり、常識的な人なんだ。
「へえ!どこか美味しいものを食べに行こうか」

4.花束を君に

僕は表参道の花屋さんで、花束を買い、
予約していた北千住のできるだけ、安く
おしゃれな居酒屋へ向かった。

こんなこと言ってはお店に失礼だが、
話を聞く限り、彼女が普段行くような店とは異なる
がやがやしたお店だった。にも関わらず彼女は終始
笑顔でいてくれて。

花束を渡した時、彼女の笑顔はなんとも美しく、
このまま時間が止まれば良いと心の底から切に思った。

ー全財産残り830円なんて事実がなければ良いのに

5.自白

僕の家のベットの上で、寛ぐ彼女の笑顔とは対照的に、僕の精神はカオスな状態で
告白する時より緊張していた。

彼女は僕の手を握りながらいつもより少し甘い声で言った。
「旅行も二人で行きたいよね、行くとしたらどこに行きたい?」
「福岡かなー、実は九州に行ったことがなくて」
「私も!一番福岡に行きたい」

会話自体はおそらくどこのカップルにもありふれた会話なんだが、お金の残額が脳裏に焼きついて離れない。

彼女が無意識に敷くレールの上で、運命のトロッコが加速していく。
「私飛行機調べてみるね!」
空いてる日を伝えると、握っていた手を僕から離し、
彼女は手際良く携帯の上で手を滑らし始めた。

トロッコが霧の中を疾走と駆け抜ける中、僕はドアを開けてトロッコから
飛び降りるように口を開いた。
「あのね、実は打ち明けないといけないことがあるんだけど……」
「え、急に何?」
僕は声を口から、絞り出すように自白した。
「もう、お金がないんだ」



作者:令和寛

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