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美しい響きは脱力から

ヴィオリストのタベヤ・ツィンマーマンは、名歌手のエリザベート・シュヴァルコップの「美しいと思われる響き以上の声量を出してはいけない」という名言を引用して、バランスの良い音が美しい、と言っています。(サラサーテ Vol.59 P72)

この記事は6年前に書かれたものですが、最近読み返して、ピンと来たのが18年前の朝枝信彦氏の「私は指板に弦をつけないで弾く」という目からウロコの発言でした。うらを返せば、指板に弦をつければ、ヴァイオリンの美しい響きは得られない、ということを意味しています。これも最近のことですが、このことを裏付けるYou Tubeを見つけました。サラサーテで連載を組んでいる桐朋学園芸術短期大学特任准教授志村寿一氏の「麻生泰の志村准教授に学ぶヴァイオリン」です。このレッスンの中で、志村氏は、ヴィブラートについて次のように語っています。

ヴィブラートとは、音程を上下に動かすイメージがあると思う。ヴィブラートのコツは、まず指で弾いた振動を殺さない。弓で生んだ振動を増幅させるのがヴィブラート。一番いけないのは押さえつけるイメージをすること。ヴィブラートには、「指」「手首」「腕」の3つのカテゴリーがあるが、いつも全部動いている。
弦が一番下まで押し込んで、100としましょう。いつもこうして弾かないといけないと思っている人が多いが、100まで押し込むと振動を止めやすい。必ず、弦と指板の間に隙間が空いているはず。70%ぐらいの深さまで押されるといい音が出ます。(麻生泰氏「私はギュッと押しつけてグリグリやってました。」)指で弾いたこの揺れを止めずに振動を増やすことが大切です。

天才姉妹として名高いヴィオリニストの漆原啓子氏と朝子氏も同様なことをサラサーテの記事(Vol.59 P71)の中で語っています。

朝子氏「力を入れて無理やりかけたものは、痩せた音になります。歌の人が喉を締めないで広げて歌うのと同じです。」
啓子氏「腕を開放することは大切です。やはり右手のテクニックがきちんとしていて、ヴィブラートをかけずに音色が作れることは必要です。」
朝子氏「右手で作った音色に、気持ちが伴っていき、さらにはヴィブラートがかかるのが理想です。ノン・ヴィブラートといわれるバロック時代でも、響きの補助には使った。最初に弦を振動させ、その弦の振動が広がっていき、痩せていく時に補助的な役割としてヴィブラートをかけるーということが行われていたそうです。」

ここまで読み進めてくると、浮かび上がってくるのが「脱力」です。事が成就しないのは余計な力が入っているから。それを取り除くのが脱力です。

いつ頃の事か忘れましたが、深山尚久氏のマスタークラスを聴講しました。その時、受講生の一人が演奏中に弓を落としてしまいました。余計ではない所で力を抜いてしまったようです。

N響のコンマスとして長く活躍された徳永ニ男氏は左手の親指の位置について、サラサーテ(Vol.71 P73)で次のように語っています。

親指を外にして左手をぎゅっと握った時に、親指は人差し指と中指の間に乗っているはずです。これが最も力が入る“ぐー”の形。ハイフェッツやミルシテインやクレーメルもこの形です。親指を外に開いてしまうより親指を中に入れる方が指を揺らす可動域は広くなります。

これは、脱力とは真逆で効率的な力の入れ方について述べられています。また、ヴィブラートを前述の3つのカテゴリーのどこからかけるか?の問いには、どれにも該当せず、第三関節からかける、と答えています。弦を押さえている指の第三関節を揺らすと、腕全体も動き、効率がいいからだそうです。

私には、中指のヴィブラートがかかりにくいという悩みがあります。そこで今は、良い響きを出すために弦と指板の間に隙間をつくるように指を脱力させながら、親指を人差し指と中指の間に置き、弦を押さえている指の第三関節と親指の第三関節を同時に揺らすようにしてヴィブラートの練習をしています。このやり方だと、確かに前よりもかかりが良くなりました。でも、ヴィブラートありきではなく、「美しいと思われる響き」こそが大切だと考えています。いずれにしても、脱力はその手助けになることは間違いありません。

(See you)