見出し画像

『虎に翼』第1回 女の幸せは結婚だけなのか?(初)

 子どもの遊び声が響く中、新聞には「日本国憲法」の見出しが掲載されています。川縁でその第14条を読んでいる女性は、感無量の思いがあると伝わってきます。背中を斜め後ろから見守るようにおさめるカット。重なってくる音楽。彼女の高揚感が伝わってきます。
 それは昭和21年(1946年)のこと。彼女は切り抜きが貼られたアルバムをめくり、これまでの人生を振り返っているようです。彼女は猪爪寅子。猪に爪に寅。強そうな名前です。
 まだ戦争の影響は残っていて、孤児とも思える子どもたちがガード下で遊んでいます。魂が抜けたような復員兵が座る先には、着飾り出した若い娘に戯れる米兵の姿があります。捨てられた戦中スローガンを書いた旗。進んでいく工事。その合間に新聞に目を落とす疲れた人びとの姿が挟まれます。
 そこを颯爽と歩いてゆくスーツ姿の寅子。とある執務室らしき場所では、男性が細いサツマイモを愛おしそうな手つきで折っています。質素な弁当なのでしょう。
 寅子は荒廃した道をあゆみ、建物に入っていきます。そこは人事課です。そこにはサツマイモをうれしそうに口に運んだ桂場という男がいます。サツマイモを食べる前は無邪気な少年そのものであった顔が、一瞬で引き締まります。まるで獲物を見つけたネコ科の獣のよう。
 彼はのちに最高裁判所長官となる桂場等一郎。寅子とは何か因縁がありそうです。ここで昭和6年(1931年)にまで遡り、オープニングへ。ナレーターは『カーネーション』主演の尾野真千子さん。近年のNHK東京は、NHK大阪が見出した逸材再利用をしていませんか? 昨年のディーン・フジオカさんも素晴らしかったです。

軽やかに、意義を語る

 オープニングは軽やかなようで、なかなか奥が深いと思える。淡い色調のアニメでありながら、リヤカーに重たい荷物を積んで引っ張る女性の姿が見られます。カフェでお茶を飲む女性や、女学生だけでなく、こうした女性だっていたのです。可視化されてこなかっただけです。
 百年前にいたさまざまな女性が軽やかに踊るアニメが、実写にかわる。歌詞は押し付けがましくないよう、照れたように「百年後の人が覚えているかしらねーけど」と言いつつ、百年前の先人がいたからこそ受け取れている権利があると静かに伝えてきます。
 『虎に翼』ってそもそも韓非子由来だし。ヒロインは超上級出身でエリートだし。それでも突っ走って天下にいる女のためにがんばったわけです。それを堅苦しく生真面目に描くと茶化してくる奴ら、受け止めない奴ら、説教くさいと鼻を摘む連中がいる。それを先んじて察知し、固いタイトルやテーマを淡い色や雰囲気でくるんで差し出してくる、そんな高度な戦略を感じます。
 『らんまん』なんかの時もいたんですよね。説教くさいという理由だけで嫌いと言い切れる人。年代的には50代がボリュームゾーンかな。でももう古い。そういう綺麗事にケチつけて、声をあげても世の中変わらないだの。マジョリティのオイラも息苦しいけど頑張っているだの。そういう無責任な遁辞はもう結構ですんでね。じゃあ本編行きます。
 今回はハマるし、長くなりそう。マガジン登録よろしくお願いします! 初週は有料エリアはごく少なくしますので。

女学校出たらお見合いするもの

 さて、寅子は名門家庭に生まれたお嬢様です。お見合いの席の豪華さ。華麗な振袖からもそれはわかります。ここで「五黄の寅」生まれゆえに「寅子」とされたと父・直言が語っています。
 これはのっけから波乱だ。五黄の寅は運勢最強です。しかし東洋占術あるある現象として、男女で解釈が変わったりする。男性はラッキーでも、女性だと運気が強すぎてよろしくないなんて言われたりするんですね。寅子の命運と関係がありそうです。
 お見合いの席にいる寅子はブスッとしていてかわいらしくない。この12時間前、夜中にこっそり大阪へ向かおうとしていたのでした。ここで出てくるセットがしっかりしているし、柴犬も当時らしいかわいい子です。弟の直明が手洗いに起きてきて見つかり、これは失敗に終わりました。
 見つかった寅子はなぜ大阪に行こうとしていたのか。直道は好きな相手がいるのだろうと勝手に推測しています。当時は望まぬ結婚からの逃避として駆け落ちはしばしばありましたからね。そのうえで兄は下宿人の優三だと言い出しおいった。こいつはきっと小説好きなんでしょうね。『野菊の墓』なんか読んで号泣しているタイプと見た。めんどくせえ! 当時もこういう恋愛脳バカ青年はいたんですね。勝手に妄想をふくらませて話をでかくして、迷惑ですよ。母・はるが信じかけているじゃないですか。
 寅子は梅丸少女歌劇団に入りたかったと言います。本気でなく、言い訳にも聞こえますが。なんでも寅子は歌と踊りがうまく、男役として人気らしい。声はアルトだし押しが強そうだし、納得はできます。ともあれはるは、お見合いと女学校卒業前になんなのかと呆れています。寅子は卒業したら即座に結婚させられることに疑念を抱いているというと、母は「くだらない!」と一蹴します。母にとって娘を女学校にやることは、嫁がせるうえで箔をつけるためだけだったのでしょう。津田梅子も絶望した日本の女子教育観です。先日『歴史探偵』で山本覚馬を取り上げていました。女子教育の重要性を知る優れた人物として紹介されました。ただし彼には限界があり、あくまで優良な男子を産み育てるために母を鍛えるという意味合いです。この点では女性自ら挑んでいく妹の八重の方が先進的だったんですよね。
 閑話休題。
「はて?」
 ここで寅子が反論します。女学校は勉学の場。ならそこで学んだことを卒業後に活かしたいと思って何がおかしいのかと言います。はるは相手は東京帝大出で大蔵省勤務だと寅子を黙らせる。寅子はそれでも職業婦人になりたいと訴えるも、はるは推しが強い。反論は許さず「はい」か「いいえ」だけしかないと言い切ります。
 この場面では女性が強く、男性たちは見ているだけ。はるが無理矢理寅子を見合いに引っ張り出してきたのでした。
 朝まで話したせいか、寅子は見合いの席で居眠りしてしまいます。かくして破談となりました。

二度目の見合い

 次は洋食屋ではなく、和室です。ここで父が寅子が一二を争う成績というと、寅子は訂正します。二番手、あるいは三番手、四番手が三重を張るためにそう言うのだ。一番手は言わない。寅子はそもそも内申の評価って何かとまくしたてる。寅子のめんどくさい性格が炸裂していますね。案の定、次の相手からも断られました。

 寅子は悩んでいます。結婚がいいものとは思えない。寅子は米谷花江にその疑問をぶつけます。おっとりした花江は、寅子の持論にやんわりとかわいらしく反論します。そもそも寅子は漠然とした拒否感だけでやりたいこともないだろうと。
「はて?」
 悩める寅子。花江は結婚して良妻賢母となることが親への恩に報いることだと言います。根が善良で理詰め反論に一目置く寅子は聞き流せない。社会的な規範は尊重しようという気持ちはあるんです。寅子は反論するものの「親不孝」と言われて反論に窮します。

三度目の見合い

 三番目の相手はニューヨーク帰りの男性だそうです。
 寅子は親不孝を回避するためだけに、全力で集中します。三度目の正直にすると。寅子は相手への好感度なんてあんまり実は考えてないかもしれない。覚悟を決めて偏見をとっぱらっただけです。
 かくして三度目は笑顔で洋食店見合いを進めることに。相手の太一郎は3年間の洋行帰りでバタ臭いと言われそうな男です。『らんまん』の田辺ほどではないかな。いちいち英語の発音で言い出すところが鬱陶しいけれども。
 太一郎はエンパイアステートビルディングは、アメリカ人の醜悪さの象徴だと言います。ウォール街の暴落で大不況となったのに、世界一高いビルを建てるのは本末転倒じゃないかと。これは今日にも通じる資本主義の暗部ですよね。dsって馬鹿馬鹿しいと思いません? こんなに大不況でみんな苦しんでいるのに、コロナで駆けずり回ったエッセンシャルワーカーは低賃金で苦しみ廃業を考えている。一方で野球選手が大金をもらい、その付き人が賭博で金を溶かしている。金の回りが異常じゃないですか。百年後、バカだと嘲笑われる世界に私たちは生きているんですよ。はい、閑話休題ね。

 寅子は相手の知性に惚れ、自分なりの意見を言い出します。直言は毎朝新聞を読んでいるというと、太一郎は喜びます。結婚相手と語り合いたいのだと。寅子は見合いを成功させたい一心で、ともかくしゃべりまくります。
「きみ、分をわきまえなさい! 女のくせに生意気な」
 と、太一郎がテーブルを叩いて立ち上がり、出ていきます。
「はて?」
 呆然とする寅子でした。
 太一郎は解像度の高いクズ男だとは思います。西洋の女はいいと気取るくせに、いざ西洋並みに喋り出すと「それでも大和撫子か!」みたいなことを言い出すヤツ。この手の弊害は現在進行形で有効です。寅子はアルトでバキバキと話すけれども、こういうヒロインって珍しいじゃないですか。不自然にトーンアップしてキャピキャピ幼い声を出す。日本女性の声の高さはある意味悪名高いもんね。前作のヒロインもべちゃべちゃキャピキャピした声だったわ。

これはASDヒロインでは?

 ただし、寅子が悪いという評価は絶対くる!
 寅子はASDぽいと見ていて思いました。話題にのっていけないと全然喋らないけど、乗るとガーッと喋ってしまう。機嫌の悪さも含め、思ったことがすぐ顔にでる。正論を滔々と述べるため、言い方がきついと突っ込まれる。その繰り返しよ。

 ここ数年、自閉症ヒロインがトレンドにあるんじゃないかと思います。自閉症とASDの違い? 似たようなもんと思っておいてください。めんどくさいので説明省略しますんで。

・『アストリッドとラファエル』
・『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』
・『厨房のありす』

 症状にはむろんムラがあるし、個人差も大きいことはご留意ください。
 男性の場合、外れ値の天才として10年ほど前に流行していたと思います(『SHERLOCK』のタイトルルール、『デスノート』のLなど)。それが女性の場合マスキング(隠すこと)するし、生意気だし、むかつくので、認識が遅れたんだろうと思いますね。
 NHKのドラマにも発達障害ぽい人物はいて、大河や朝ドラにもチラホラ出てきています。『半分、青い。』のヒロインはADHD、相手役はASDだと思えました。『なつぞら』や『スカーレット』、『おかえりモネ』、『らんまん』もその気配はあったんですね。
 今回は、そうした積み重ねを経由して、表に出さないけど結構細かく特徴を出してきた感じがします。寅子は法曹の人。『アストリッドとラファエル』もASDは犯罪捜査をする。『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』も法曹の人。ASDヒロインは法と相性がよいという狙いもあるとみた。
 初回から寅子はASDあるあるだと思えましたね。

・お勉強はできる
・理屈っぽい
・理屈っぽさゆえに女では特に「かわいくない」「生意気」と言われる
・なんとなくある世間の「空気」に納得できない
・根拠がないことを信じたくない!
・腑に落ちて目標設定されると、全力で邁進する
・基本的に真面目です

 ラストの一生懸命喋ったあとでキレられてしまうところがそれらしい。相手に苛立ちをよめなかったんでしょうねえ。ものごとを額面通りに捉えるから、太一郎は「対話を望んでいる。ガンガン話せる」と寅子は思った。そうスイッチが入ったのに空気を読めずに失敗。あるあるすぎて胸が痛いわ……。朝からこんなヒロインが見られるなんて、この半年間は幸せです。

ここから先は

178字

朝ドラメモ

¥300 / 月 初月無料

朝ドラについてメモ。

よろしければご支援よろしくお願いします。ライターとして、あなたの力が必要です!