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私の世界に“片隅”はない

舞台『心のかけら』を終えて3週間以上が経ち、表現者として11月25日のライブに向けてレッスンを受けつつ、オーディションに挑戦する日々に戻った。

もちろんこのようなステージの頻度では到底これだけでご飯を食べてはいけないので、この他に販売員と塾講師という3足の履き潰された草鞋と共に生活をしているのだが、最近、御縁があって転職を決意することにした。
そのきっかけのひとつがこのnoteだったりするので、何事もやってみるものだなぁと思う。

ここ数ヶ月、「私の世界に“片隅”はない」を自分へのエールの言葉として掲げている。
勿論これは主観ではなく、客観的な話をしている。

つまり「自分の出来ること/出来ないことを全て曝け出せば誰かの何かに引っ掛かるから、とにかく勿体ぶらずにできることは“自分の範囲の中で”やり続けろ」ということだ。

これまでは「出来ること」を発信しても「出来ないこと」に関して比較されることに対して、とてつもないストレスを抱えてきた。(勿論、社会というものは基本的に減点法で見られるものだと思っているから当たり前の話ではある)
自分も他人も、自己に対しての境界が曖昧だった結果、無駄に同化をしようとしてうまく行かず、うまく行かないのにその出来もしないルールで自身を縛り付け、それを他人にも強いるモンスター状態だった。
他人への価値観の強要は相手だけではなく自分も苦しめる。そこからの解放はいわば許しだった。

2020年に3度目の適応障害になり、秋頃に日々の生活を上手く送れなくなった。(この時期に2〜3ヶ月で25キロ近く体重が増えた!)
そこで一度生き方をリセットしてから2年以上、様々な人の力と情けを受けながら心身共に負担の無い生活を心掛けるようになる。
それでも演劇と歌は私にとって唯一自己を解放できるところであるから、2021年4月にT1projectのレッスンに復帰してからまだこうしてこの世界にしがみついている。
だが、そのおかげで「私は、私が愛している自分のコアの部分をどうしても手放すことができない結果、生きるのが難しいようだ」ということを理解、というよりは一種の開き直りをすることで納得することができたのだ。

自分のアイデンティティが確立できたこともあり、そこからは私自身が受け取ることができる情報が飽和する前に取捨選択をし、自分の土台に持っていくか否かを判断することが割と容易になってきた。
コアに肉付けをする過程で3000〜50000字ほどの短い小説のようなものの執筆や、短歌を詠むことを趣味として行うことで、適度に演劇以外の場所でアウトプットすることが出来るようになったのも生きやすい環境を作る上で必要な通過点だった。

余裕の有無が、人の心を大方を操っているのだと強く感じる毎日。
これからも、環境が多少変わろうとも(良識の範囲内で)周囲と自分の時差を楽しみながら焦らずに生きていきたいものだ。

先日文喫にて開催された『koro』刊行記念の
榊原絋さんと志賀玲太さんによるトークショー
『気になる短歌とアートの話』
榊原さんも志賀さんもとても温かく素敵な方でした

私は極彩色と共に生き、表現していきたい、と
胸を張って言いたくなった夜

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