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【6月12日~18日】私と漫画、そして泰三子先生

私が育った家は、とにかくいつも本が目に入る家だった。
父は毎晩、寝る前の読書を欠かさず、小説でもビジネス本でもなにかしら活字を読んで眠くなったら寝るという人で、休日の昼間はもっぱら漫画を読んでいた。
モーニング、イブニング、ビッグコミックオリジナル……といったあたりの漫画雑誌を、これまた欠かさずに購読していた。

だから私は『クッキングパパ』を毎週楽しみに待ち、『OL進化論』や『三丁目の夕日』を推す小学生となった。

母も小説をよく読んでいる。たまに文芸誌を買ってくる程度には「物語に触れたい」という意識が強いと思うのだけど、本人は読書家だとはまったく思っていない様子だ。
漫画も読む母は、私がお小遣いでやりくりし始める前から漫画については比較的あっさりと買ってくれたし、買ったものは一緒に読んでくれた。

今でもよく覚えているのが、初めて買ってもらった漫画の単行本だ。

大阪から長崎へ帰省する時だった。小2の頃だ。
帰省ということはたぶん夏休みだったと思う。
長旅になるからと書店に立ち寄り、母は私と兄に本を選ばせた。
4つ上の兄は、愛読していたコロコロコミックの最新号を手に取った。
私は『赤ずきんチャチャ』の2巻を選んだ。

母と兄に「いや、なんで2巻? 最初から買えば?」と言われたが、私は頑なに2巻を手放さなかった。
移動中、兄から「ほんまになんで2巻?」と聞かれた。
「表紙が好きやから」と答えた。どうやらジャケット買いというものだったらしい。自分でもよくわからない。ただ、当時の私にはその表紙の絵が刺さったのだろう。あとからちゃんと順に揃えた。

それから少し経った頃、『セーラームーン』をまとめて3冊くらい買ってもらった。いつもだいたい「ひとつだけね」とか「1冊だけね」というルールのもと暮らしていたから、これは大事件だった。
どういう経緯で買ってよしとなったのかは覚えていないが、余程うれしかったのだろう。飛び跳ねて喜んだ。
個人で営む小さな書店のおじさんに「よかったなあ! 偉いやんか、漫画読めるんか」と言われた。
母は「漫画ばっかりなんですけどね……」と答えたが、おじさんは「漫画でいいんですよ、読む楽しさに触れるって大事なんです」というようなことを言っていた。そして「えらい!」と繰り返し私を褒めた。
今、猛烈に思う。

あのおじさん、めっちゃいい大人やな……!?


という漫画への入口があって、成長するにつれて私が集めるのはりぼんがマーガレットに、兄はコロコロコミックが少年ジャンプになり、それぞれ独立した今も実家に帰ればとりあえず父のモーニングを引っ張り出して順に読む、というのがお決まりになっている。
兄はすっかりスマホで読む人になったようだが、私は紙と電子両方だ。

そんな感じの実家に一大ブームが到来した。『ハコヅメ』だ。
家族揃ってどハマりするという大きな波としては『うる星やつら』『ROOKIES』があったのだけど、その後のそれが『ハコヅメ』だった。
まず父が、モーニングでの連載開始時に「ちょっとコレ読んでくれ」と言い出した。「天才が現れたぞ」と言わんばかりだった。読んでみると、「天才が現れたな」となった。
徐々に下ネタの投下が濃くなっていき、親子で感想を言い合うことはなくなったのだけど(笑)
本誌も、単行本も揃えては読み合った。

作者の泰三子先生は、警察官を辞めて漫画家になったという人だったので、インタビュー記事を読むにつけ思っていたことがある。

話し上手!!!!


質問に対する答えが明瞭で、長文になってもきちんとストーリーになっているのはいかにも警察官というか、長年培ってこられたのだろうことがよく表れていて、そこに朗らかで楽しそうな人柄が乗っかることで最強になる。

だから、担当編集者さんと初対面したご主人のことだとか、インタビューの最後に全部持って行くお母様のことだとか、顔の作画ミスを吹きだしで隠すお姉様のことだとか、なんかよくわからんがいつも机に向かっているご自身を見ているというお子さんたちのことだとか。
話し上手ゆえに、表現上手ゆえに、ご家族がいるその景色や温度感がリアルに想像できて、いっそ泰家のファンになっていたと言っても過言ではない。

LINEの『ハコヅメ』スタンプもかなり汎用性が高い。
漫画家の友人に使ったら「あのシーン!!」と反応をくれたのがうれしかった。というくらい日常にあるものとなっていた。

だから。
新連載『だんドーン』開始のタイミングでの今回のインタビューは、ご本人が受けた衝撃や心の傷が一挙に押し寄せてしまい、私にとっても大きな傷となった。(リンクはもうちょっと下に貼っている)
念のため説明しておくと、泰先生に傷つけられたわけではない。
私は自分の感受性の強さを理解しているから情報の得方についてはいつも注意しているのだけど、こうしてうまく対応できないこともたまにある。

『ハコヅメ』の最終巻、なんかやけに遅いな? とは思った。
新連載の開始も、なんか思ってたよりずっと遅いな? と思っていた。
ただ、どちらも「そもそも泰先生はここまでハイペースすぎたから、このタイミングでゆっくりされるのはいいことだな~」とのん気に待っていた。
そこに今回のインタビューだったから、もろにパンチを食らって吹っ飛んだような状態になってしまったのだが。

それでも「描こう」と思えた経緯にも、救われた恩に報いるためにと決められたことにも、真摯に読者に向き合おうと思われたことにも、ただただ頷くばかりだった。

泰先生にとっての『トムとジェリー』は、きっと多くの人にある。
私も離婚を決めるきっかけがあってどん底だった時、『特別捜査密着24時』の京橋続々編を読み返して、二課がわちゃついているシーンで笑ったことをよく覚えている。
笑えるんだ、とほっとした。まだ心が機能していることに安心した。
エンターテインメントに救われた。
エンタメの役割ってそこだけじゃないのだけど、でも、そこにあると思う。

「そこにある」「すぐそばにある」ということのありがたさ。


自分もエンタメ屋さんになった今、ほんの少しでもどこかの誰かの力になってくれればいいと思って世に送り出している。
ささやかだけど。ずっとそこにあるものだったから。

そして、ちょっと重く苦しいものを抱えたまま『だんドーン』を読んだ。

心躍るおもしろさだった。重苦しいものが軽く吹っ飛んでいった。
泰先生の進化が止まらないし、「描きたかった」題材ということもあり、気持ちが溢れている。
この角度から見る幕末は私ははじめてで、今後がまた楽しみだ。
というか、『ハコヅメ』に出会ったときの感覚以上の新鮮な喜びがあったことに驚いた。うれしい。好き。ありがとう!
タイトルの回収までじっくり付き合っていきたい。

読者として、ファンとして、同じ子を持つ親として、クリエイターとして、
泰先生が心に少しずつ力を集めて、穏やかに、すこやかに描いていけるようにと、心から願っています。


いつもあたたかいサポートをありがとうございます。メッセージもとても嬉しくて、大事に読ませていただいております。