夢々揺蕩


理不尽に振り回してくる人間が好きだった。夜勤明けだろうが公園で野宿をしたいやらアーケードゲームをしたいやらで私を連れ回す人が居た。
訳の分からないカフェに連れて行かれて此方は放置でマスターと難しい音楽の雑学なんかを話している日もあった。普通に疲れて下座の固い椅子でうとうとしていた。疲れるし確実に寿命は縮む生活だったがその日々が嫌いでは無かった。

徹夜で朝に解放されたと思ったら明日も遊ぶぞなんて宣う人だった。

私は自分の意思ややりたい事を伝える事が苦手だ。理不尽な彼の垂らす蜘蛛の糸になんとなくしがみつく日々。しかし人は大人になる。気づいた頃には蜘蛛の糸は切れていた。

久しぶりに会った彼は下戸だった癖に洒落た居酒屋に私を連れて行き、日本酒を飲んで、毒にも薬にもならない話ばかりで終電前に解散する事になった。
私はただ立ちすくんだ。さようなら。とか、普通に言えていたかどうだろうか。私はその時何を望んでいたのだろうか?徹夜でカービィのエアライドでも付き合うだったのだろうか?朝にすき家食べてから眠い目擦って帰りたかったのだろうか?

これは恋心では無い。だから失恋などありふれた言葉では表現がし難く、だからこそ切れた糸の残骸を私だけが握り締めてまだ生きている。

彼は大人になり、普通に、人としての付き合い方を学んだだけだ。優しくなっただけだ。それが残酷だと思う自分が異常なのである。それだけだ。

もう人と呆れる程に遊ぶ事は無いのであろう。我儘で子供みたいだと感じていた彼は私を置いて大人になり、蜘蛛の糸は多分裁縫セットか何かに戻したか、可燃ごみにでも出したのであろう。

彼と野宿した公園で遊ぶ夢を見る。何回も。
私は決まって、彼に「明日も遊ぼう」と言う。叶った事の無い夢。虚しさだけが残る。公園で見た朝日を今日のように思い出す。思い出が揺蕩う。

幸せで生きていてください。
今日もこれからも。
そして私を完全に忘れた時には、あの蜘蛛の糸は誰にも垂らさないでください。間違いなくこれは、私の我儘です。

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