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緑の森の闇の向こうに 第3話【創作大賞2024】

第1話 第2話  

 翌朝、時間通りにレイターの運転するエアカーがホテルへ迎えに来た。
「アンナ・ナンバーファイブか」
 隣の運転席でレイターがつぶやいた。

 ドキッとした。さっき使ったヘアオイルだ。
「よくわかったわね」
 そんなに香りは強くないと思ったのに。わたしには不相応だっただろうか。
「ガキにしちゃ、いいセンスじゃん」
「ガキじゃありません!」
「そういう反応がガキなんだよなぁ」
 にやりと笑うレイターに後部座席からダルダさんが声をかけた。
「まあまあのホテルだったな」
 まあまあ? 
 あれでまあまあだったら、一体どんなホテルなら満足するのだろう。
「フェニックス号のがいいだろ?」
「そのとおりだ。やっぱり飯が大事だよな。朝食の食べ放題なんて、家で食べてるのと変わらなくて、ロマンもスリルもなかったぞ」
 バイキングには高級銘店の取り寄せ品が並び、レイモンダリアホテルのシェフがその場で調理していた。わたしは食べたことのない老舗ブランドの料理に浮かれていたというのに。

* 

 街の中心部は至る所でビルが建設されていた。星全体から上へ上へと向かっていく熱気のようなものが感じられる。
 渋滞をうまく抜け整備された大通りを飛ばす。ホテルから十五分、中心街から離れると、すぐクロノスの工場が見えてきた。約束の時間よりも早い。と、思ったら正門の前をエアカーは通り過ぎた。
「ちょ、ちょっとレイターどこへ行くのよ」
「裏門」
「裏門?」
 そこから入るように、支社から指示があったのだろうか?
「現場を見といて損はねぇぜ」
 工場の先にある森は拡張工事の予定地でもある。レイターの言うとおり、見ておいて損はない。塀に沿って走るとすぐに道の先にうっそうとした森が見えてきた。緑というより黒い塊りの様だ。
 大通りの角を工場の敷地に沿って左へ曲がる。道は突然細い田舎道になった。所々舗装がひび割れていて雑草が伸びている。大通りとの落差に驚く。接地タイヤの車だったら、かなり揺れるに違いない。
「右手に見えますのが、工場の拡張予定地でございま~す」
 レイターがおちゃらけた。
 人の手が入ったことのない原生林。豊かな自然に手をつけるのはもったいない気はするけれど、この星は森林資源が潤沢だ。工場の前を通ってきて今の工場は手狭な感じがした。拡張するのに隣の土地は好条件だ。

 エアカーはさらに角を曲がった。思わず声が出た。
「な、何が起きてるの?」

 工場の裏門へと続くその道には塀に沿って大勢の人が座っていた。警官隊がロープで規制して道を確保している。一瞬、お祭りを想像した。けれど、違う。
 みんな手にプラカードを持っていた。ところどころに大きな横断幕が掲げられている。パキ語は読めないけれど、これは抗議の座り込みに違いない。
「おい、レイター、何て書いてあるんだ?」
 ダルダさんがたずねる。
「拡張工事に反対。パキールを返せ、とさ。あんたの会社の労働組合の旗もあるぜ」
 たくさんの人が集まっているのに騒がしくはない。
 工事反対派の人たちは、規制線の内側で静かに座っている。その様子には慣れた雰囲気が漂っていて、この状況が長期に渡り続いていることをうかがわせた。
「座り込みのこと、レイターは知ってたの?」
「あん? ティリーさん、今朝のニュース見なかったのかい?」
「ちゃんと見たわよ」
「やってたじゃん。反対派の座りこみを、きのう警察が正門前から追い出して小競り合いがあったって」
 そんなニュースは見ていない。放送されていれば気がつくはずなのに。
「お前が見たのはパキ語で放送してる現地のローカルニュースだろ。俺が見た銀河共通語のニュースじゃやってなかったぞ」
「パキ政府に都合の悪い情報は、星系外に流れねぇからな」
 エアカーは抗議活動の前をそのまま通り過ぎ、塀に沿って走った。
 さっき通った整備された大通りへと戻り、時間通りに正門前へ着いた。裏門で見た抗議活動が嘘のように平穏だ。
 警備員が近づいてきた。黄色い肌のパキ人だ。パキ語で話しかけてきた。レイターがパキ語で応じる。
「奥の事務棟へ向かえってさ」
 どうしてレイターは、こんなにパキ語がわかるのだろう。パキ星の情報を外から得にくいのには言語の問題がある。パキ語はこの星でしか通じない希少言語で通訳も少ない。パキ語の語学学校なんて聞いたことがない。 

 指定された場所には現地の担当者がズラリと並んで待っていた。エアカーから降りると、空気がもわっと肌にまとわりついた。湿気が多く気温が高い。
 ネクタイを締めた年配の男性が駆け寄ってきた。

「工場長のダンです。お疲れではありませんか。わざわざ本社から足を運んでいただく事態に至り、申し訳なく思っております」
 訛りのないきれいな銀河共通語だ。
 工場長は五十代後半の現地採用のパキ人だった。細面に切れ長の目。パキ人特有の黄色い肌。現地採用で工場長に抜擢されるのだから、相当仕事ができる人なのだろう。汗ひとつかいていない。

 冷房がよく効いている会議室へと案内された。肌寒いぐらいだ。
「さっそくだが、生産が遅れている理由を報告してくれたまえ」

 ダルダさんは工場長より十歳くらい若い。でも本社採用であるダルダさんの方が序列が上だ。
 工場長は頭を下げると丁寧に答えた。
「すでにご報告差し上げておりますが、賃金交渉が長引いております。ストライキを回避できず、生産に遅れが出て本社にご迷惑をおかけしました。誠に申し訳ございません」
 そつのない回答。どこか狐のような印象だ。
「賃金交渉が長引いている理由は?」
「パキ星の物価上昇率をご存じでしょうか?」
「いや」
 ダルダさんは正直に答えた。 
 工場長がモニターにグラフを示した。報告書に添付されていたものと同じグラフだ。ダルダさんが大きな声でつぶやいた。
「ふむ。物価上昇率が賃金上昇率を上回っているのか」
「政府の産業誘致政策によりまして、年々、パキ星の成長率が上がっております。それに伴い、物価も右肩上がりの状況でございます。本社からは、前年と変わらぬ利益を求められておりますので、人件費を据え置きましたが、生活がかかっているだけに組合によるストライキが頻発しておりまして、生産ラインに影響が出ております」 
 次の画面では、ストライキの回数と規模が表になっていた。工場長の説明には説得力があった。現地労働者の賃金は、本社勤務と比べずいぶん低く抑えられている。
「生活がかかっていては、大変だよなあ」
 ダルダさんのつぶやきに心がこもっていた。ここで働く労働者に同情しているようだ。

 ベルが引継ぎで話していたことを思い出した。

「ダルダ先輩は正義感が強くて、時々仕事から脱線しちゃうんだよね」と。

 先輩自身は、年に一億リルの小遣いをもらっていて、物価の上昇率なんて気にしたことはないのだろうけど、逆にだからこそ弱者に感情移入してしまうのかも知れない。 
「人件費を抑えるのはよくないんじゃないか?」
 ダルダさんの反応に、工場長の細い目がさらに細くなった。
「私どもも同じ考えでございます。そこで人件費を補填するための対策にお力添えをいただければと」
「どうしようというのかね?」
 ダルダさんが聞いた。
「物価スライド制度の申請を検討しております」
「ああ、それはいいアイデアだ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
 物価スライドは物価上昇が激しい新興星に一定額を補填する制度だ。本社の経営会議で導入の可否が判断される。
 ただ、パキ星工場で働く現地労働者の給料は、この星の平均賃金をかなり上回っていて、適用には微妙な状況だったはず。

「本社で認められるのは容易ではございません。ここは一つ、ダルダさまのお力添えをいただいて、後押しをしていただければと存じます。スライド制度が導入され賃金交渉に片が付けば、納期の遅れは解消されます」
「わかった。本社と話してみよう」
 ダルダさんはあっさりと引き受けている。何か釈然としない。どう見ても先輩より狐男の方が一枚上手だ。工場長がダルダさんの正義感の強さを利用しているように見えた。
 ふと、後ろの扉の前にレイターが立っているのが目に入った。

 このやりとりが聞こえる場所にはいるけれど、聞いているのかどうかわからない。レイターの情報では納期が遅れている原因は、賃金ではなく工場の拡張工事への反対運動ということだった。
 さっき目にした座り込みのことをきちんと確認して置かなくては。 思い切ってわたしは口を挟んだ。
「工場拡張の反対運動は関係ないのでしょうか?」
「反対運動は収束している」
 工場長が短く答えた。ピシリとドアを閉めたような、冷たい声だった。

 新入社員は静かにしていろ。と言っているように聞こえた。嫌な感じだ。ダルダさんに対する態度と全然違う。確かにわたしは新人アシスタントで工場長に意見できる立場じゃない。
 ダルダさんが首をかしげて聞いた。
「じゃあ裏門の座り込みは何なんだね?」
 工場長が一瞬ビクっと体を揺らした。
「ご覧になられたのですか」
「かなり大規模なもののようだったな」
「先ほども申し上げましたが、賃上げをめぐる交渉が続いておりまして」
 座り込みはきのう正門から排除されたという。わたしたち本社が視察に入るタイミングに合わせたかのようだ。工場予定地の取得にはパキ星政府が絡んでいる。警察を動かすこともできるに違いない。
「いずれにしましても、抗議活動と工場の移転は関係はございません」
 関係ない訳がない。工場長はプラカードや横断幕の文字が読めないと思っているのだろう。腹が立った勢いでわたしは発言した。
「プラカードには『拡張工事反対』の文字がありました。ストライキの要求には拡張工事の見直しも入っているんじゃないですか?」

 狐男は落ち着いていた。切り込んだわたしに笑顔を見せる余裕さえある。
「工場の拡張は何の問題もありません。反対しているのは一部の市民運動家だけなんです。そこに組合も乗せられていましてね、困ったものです」 
 工場長は物価スライド制で本社から得るお金を使って、反対派を黙らせようとしているのだろう。この狐男が情報を本社に上げず、隠している。

 狐男は数字を並べて説明を続けた。拡張計画はパキ星の雇用にも貢献し、ひいては産業の牽引役にもなり、結果として会社に多大な利益をもたらしますと。その様子はまるでパキ星の広報官僚のように見えた。
 もちろん工場の拡張は、会社の売り上げに貢献する話だ。でも、企業倫理を含め長期的に検討する必要はある。
 そこをいくら詰めようとしても、生産が遅れているのは賃金交渉に関するストライキのせいで拡張工事に問題はない、とわたしたちの追及をのらりくらりとかわしていく。
 ダルダさんがレイターの情報でカードを切った。
「きのこの植え替え先でパキの木が枯れているそうじゃないか。反対派の活動は簡単には収まらないだろう」
 狐男は平然と答えた。
「よくご存知ですね。たまたま、土との相性が悪いところが一部であった、ということで、これも問題はございません」
「……」
 困った。こちらに反論するカードが無くなってしまった。さすが現地採用で工場長に昇り詰めた百戦錬磨だけある。ダメ社員と新入社員で太刀打ちできる相手じゃない。このままでは埒があかない。

第4話へ続く

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