第15話 【3カ国目マダガスカル③】始まった大冒険「アフリカンジャーニー〜世界一周備忘録(小説)〜」
僕たち二人はこれまで見たことのないような、美しい棚田に囲まれていた。
「ふぉぉおおーーーーーー!」
眼の前に広がる光景は僕ら二人に雄叫びを上げさせるには、十分すぎる景色だった。
アンツィラベまで150キロ
「1日目は150キロ先のアンツィラベで一泊しよう―」
原付2人乗りの僕らの初日の計画はこうだった。
とにかく、1日目は総走行距離650キロの4分の1にしか満たない距離のため少し安心だ。
なぜ、アンツィラベという街にしたかというと、そこにしか大きな街がなく宿泊できない可能性があるためだ。
しかも、アンツィラベにはジャラの親戚も住んでいて何かあった時に安心らしい。
マダガスカルの街の情報をGoogleマップ上でしか見たことがない僕は、彼の計画に任せることにした―
僕の心の置きどころ
「友情半分ボディガード半分かな―」
どうして、そこまで優しくしてくれるか分からないジャラに対して僕はそう思うようにしていた。
当然、食費と宿泊費やガソリン代は僕が支払う。その代わりに、ボディガード兼修理工としてついてきてもらっている。
ついてきてもらってる。というよりは雇っているという感覚の方が正しいかもしれない。
そう思うことで、自分の中のモヤモヤしている心の置きどころが定まるような気がした。
当然、そう考えても彼の行動は割に合うものではないし僕が彼の出費を賄うということに納得できない部分もある。
その納得できない部分は、「お互いの友情」ということで"まぁいいか"と思うようにしたのだ。
友達にお金を払って同行をしてもらっている。その友達も友達価格でそれを受けてくれている流ような感じだろうか。
とにかく、お互い様の旅なのだ―
好調な滑り出し
「アンツィラベまで7時間程。その滑り出しは好調だった―」
首都アンタナナリボの喧騒を30分程で抜け河川敷のような場所を更に数十分走ると、景色は徐々に自然豊かな緑へと変化していった。
これまでのアフリカ旅で大分見慣れてきたいたはずの牛の大群に、なぜか改めて心が踊ってしまう。
マダガスカル人が運転する原付の後部座席から眺めるという事実が冒険心をくすぐったのかもしれない―
最高な安全運転
ジャラの運転は70キロ程のスピードは出すが安全そのものだった。
出発前にジャラが言っていたように、首都から少し離れた道路はコンクリートではあるがところどころに穴が空いている。
気づかずに突っ込んでしまえば、スピードによってはバイクは宙を舞い身体は投げ出されるかもしれない。
また、道路にはスピードの出し過ぎを防止するために定期的に凹凸が設けられていて減速せずに通ろうとすると確実にバイクは跳ねて転倒する。
ジャラはそのどれも熟知しているかのように、数十メートル手前からそれを感知してスピードを緩め丁寧に通過していく。
初見のドライバーには神経を使いすぎる道を彼は丁寧に掻き分けていく。
「確かに、一人でこれだけの穴や凸凹に気を使って行くのは至難だったかも…」
そんなことが僕の頭をよぎった。
しかも、ジャラは少しでもバイクが跳ねると「トントン」と僕の左膝を左手で優しく叩き「大丈夫大丈夫」と合図を送ってくる。
なんとも、信頼のおけるドライバーだ。
「車のブレーキを踏むときは卵を割らないような感覚で踏むんや」
全く関係ないのだが、僕が社会人なりたてで営業車を初めて運転したときに、横に乗っていた上司に言われた言葉が不意に頭に浮かんだ。
「急に止まるんじゃない。ふわりとや。」
ジャラの原付の運転はまさにそんな感じで、ぐんぐん前に進んでいった。
憲兵への賄賂支払い
「ちょっと止まれ。」
好調な滑り出しだったが、4時間くらい走ったところで初めて憲兵に止められた。
実はそこまでの道のりにも憲兵は定期的に立っていたが、すれ違い様に彼らに対してジャラが右手を「ご苦労さま」という感じで上げると、彼らも手を上げ返すだけで通してくれたのだ。
しかし、ここに来て初めて停車を命じられ確認が入った。
二人組の憲兵うちの一人がジャラとマダガスカル語で何やら話をしている。
そして、もう一人の憲兵がフルフェイスを被った僕をじっと見つめていた。
「ハロー」
たまらず僕がフルフェイスを取ると、その憲兵はジャラの方を向き質問を始める。
それに対して、ジャラもマダガスカル語で何か返答する。
当然、内容は分からず僕はそのやり取りを眺めることしかできない。
5分程の会話の後、ジャラは事前に用意していたかのような感じで上着の内ポケットから何かを取り出し憲兵に渡した始めた。
賄賂である―
賄賂を受けっ取った憲兵は、表情を変えず「行ってよし」というような合図を出し、それに合わせて僕らは走り始めた。
何に対しての賄賂だったのだろうか。
質問したくても言葉が通じないため、目の前でハンドルを握るジャラに聞くことができない。
「トントン」
左膝にジャラの手の感覚が伝わってきた。
その手は「大丈夫だ。気にするな。」と僕に言っているようだった―
最高の景色と突然の雨
「うぉぉーーーー!最高だーーーー!」
途中軽く昼食を取ったり、道中に住むジャラの祖母の家に立ち寄ったりしながらも順調にアンツィラベへと走っていった。
道中はいつの間にか完全な高地の山道に入っており、時折その両脇に美しい棚田の景色が広がっていた。
「ちょっとバイク止めてジャラ。」
僕はあまりの美しさにジャラに声を掛ける。
柔らかく広大に何重にも重なる緑の段差。
空の色を反射し凛と面を張る緑色の水面。
バイクを降りると、視界のすべてが棚田に囲まれている。
僕は「背筋が凍るような暖かい感触」に包まれていた。
フルフェイスを脱ぎ空気を吸い込む。
そして、大きな声で叫んでみた―
僕の声は棚田の奥にある深い緑に吸い込まれていく。
やがて、その声は期待通り澄んだ声になり奥底から跳ね返ってきた。
「ミスタータケェェェエエ!!」
すると、後ろで小便をしたいたはずのジャラが僕の名前を叫び始める。
「ジャラァア!ナイスドライビング!」
僕も負けじとジャラよりも大きな声を出す。
二人のその姿を客観的に見るとなんだか恥ずかしい気がしてくる。
一方で、自然と笑みが溢れてしまうような踊る感覚が入り混じっていた。
澄んでいるその世界は僕らの声を余すことなく、何度も反復してくれる。
出発前の不安が反芻される声と一緒に薄まっていくような気がした。
僕らの声を聞いてか、遠くで農作業をしている何人かが手を振ってくる。
僕らは彼らに手を振りながら、バイクに跨り先を走っていった―
予想通りと予想外
先程の晴天とは一転、大雨が振り出し始めた。
マダガスカルはこの時期、雨季であるため僕はある程度予想をしてカッパを着用していた。
バイク移動による肌寒さもあったため、出発時から着用していのだ。
そして、予想通りの雨が僕らを襲い出す。
「きたな。来るならこいっ!」
バイク旅のキツさはある程度予想していたため、僕は強気な気持ちで雨を受け入れる。
目の前でハンドルを握るジャラは、ライダーっぽい服を着ているだけで特にカッパは着用していない。それでも、どんどん前に進んでいく。
雨が強くなってきたところで、「トントン」と僕の左膝に「大丈夫大丈夫」と合図が送られてくる。
それに対して僕も、「バシバシ」とジャラの背中を両手で叩き「頑張れ頑張れ」と思いを伝える。
最初こそ挑むような気持ちで楽しんでいた雨だが、1時間以上続いたところで予想外の辛さが二人に襲いかかってきた。
寒い。とにかく寒い。
雨にどんどん体力が奪われていく。
早く止んでくれ。
そんな、思いをあざ笑うかのように分厚くドス黒い雨雲が僕らの行く先を覆っていた。
まだまだ、道のりは続いていく。
ジャラは悪くなっていく視界の中でも、僕に怪我をさせまいと変わらず安全運転を続けていた―
Thank you Jesus
「Oh God.Thank you Jesus!」
ジャラがフルフェイスを脱ぎ、両手を上げ祈るように天に語りかけていた。
僕らは黒い暗雲の世界から逃れ途中の街で休憩をするためにバイクを停めていた。
雨が降ってない。
ただそれだけの事が、僕らを包み、束の間の安堵感を与えてくれていた。
「Thank you Jesus」
ジャラを真似て僕も口に出してみる。天にではなくて彼に向かってだ。
「コンッ」
そんな僕を見てジャラが左拳を差し出す。僕は右拳をぶつけ返す。
「さぁ、もう一息だ。早くしないと雨雲に追いつかれちまう。」
二人は再びフルフェイスを被りバイクに跨った。
「バシバシ」ジャラの背中を強く叩く。
「トントン」僕の左膝をジャラが優しく叩き返す。
頑張るぞ。あと数時間でアンツィラベだ―
◆次回
【残り500キロの道のり。体力の限界。無事バオバブまで辿りつけるか―】
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