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第6話 【1カ国目エジプト⑥】ツタンカーメンと初の日本人「アフリカンジャーニー〜世界一周備忘録(小説)〜」

「いやー僕、何も調べてなくてよくわかんないんですよねー」

エジプトからアフリカを50万円で南下すると言い、九州からやって来た少年。

少年らしいあどけなさが残る25歳の男に、初対面ながら親しみを感じている。

エジプトに来て4日目。初めて日本人と出会った―

ツタンカーメンとブチギレおっさん

出ては戻ってを既に3回は繰り返しただろうか。

エジプト考古博物館のツタンカーメン専用展示室を僕は年甲斐もなく行ったり来たりとしていた。

エジプトの空気に体調を崩しながらも、元々観光に興味がない自分の身体を奮い立たせて僕は"カイロの最大の魅力"であるエジプト考古博物館へと来ていた。

幸い僕が宿としているベニス細川家から歩いて15分程のところにあるエジプト考古博物館は「観光したという証を残すには丁度良い場所」であった。

そんな調子で博物館に入ったせいか、目にする展示物に対して「ただ"そこにある展示品"」という感覚しか湧いてこない。

もちろん、歴史的な背景がそこには隠れていて見た目から想像を掻き立たされる事はあったが、エジプトの歴史をほとんど勉強してこなかった怠け者の僕には"何かを語りかけてくる"ことはなかった。

ただ、撮影禁止の専用展示室を設けられていた一つの展示を除いては―

艷やかなツタンカーメン

「妖美に煌めく姿に目を奪われる―」

せっかく来たのだからという"なんとも貧乏臭い感覚"でエジプト考古博物館の展示を案内順に回っていると一つの展示室が目に入ってきた。

どうやらその展示室は、道順に沿って何処からでも見えるように展示されている品とは違い完全に隔離されているようだ。

その入口には「NO photography allowed」という看板まで掲げられており特別な雰囲気がある。

すぐに「かの有名なツタンカーメンの展示」と気づくが、エジプトの歴史に詳しくない僕は「ふーん」と思うくらいで、"ただ"流れに沿ってその中に入っていく。

専用展示室は観光客で溢れていて、外の展示品とは違い誰一人としてスマホで写真撮影をしている人はない。

狭い展示室を人の流れに沿って歩いていくと、一瞬で"ある"ものに目を奪われた。

【黄金に輝くツタンカーメンの棺】だ。

3,200年以上経っても色褪せない輝き。くっきりと見開き全てを見透かすように前だけを見つめる2つの目。今もなお意志を感じる唇。はっきりと鮮明に描かれた模様。何よりも力強くも滑らかな黄金の肌が、残酷なほどに目を背ける事を許さいない。

その全てが他の品とは明らかに違う「特異で力強い妖艶さ」を醸し出しいた。

若干18歳でこの世を去った少年の持つ瑞々しさを今もなお失うことなく、それは僕を一瞬で虜にした。

目を離したくない気持ちが強くなればなるほど、目を背けたくなるような相反する鋭い感覚が僕を突き刺してくる。

「常人が幾ら努力を重ねても決して持つ事が出来ない"美"がそこにはあったのだ」

僕が感じた気持ちを恐れずに"そのまま伝える"のであればこうなるだろう。

【色気がやべー】

なんとも、稚拙な言葉だ。

とにかくとてつもない色気を持つ少年。それがツタンカーメンだった。

当時この"圧倒的な美"に「魅了され傷つけられ狂わされた人間」がいたのではないだろうか。

もしかしたら、彼自身も自分が持つ"美"に「人生を狂わされた」のではないだろうか。

その艷やかな姿は、男の僕でも本物の彼が近くにいたら「惚れてしまう」という変な確信めいた錯覚をもたらしたのだ。

ブチギレるおっっさん

「もう一度、彼を一目みたい。まるで片思いをする学生のようだ」

結局僕は狭い展示室を出たり戻ったりして、計3回もその場所に足を運んでしまった。いや、4回だったかもしれない。

歴史的背景を知っているか否かを超越して僕を惹きつけた"彼専用の部屋"に、気づけば1時間以上いたのではないだろうか。

3回目か4回目に舞い戻った時である。団体の日本人ツアー観光客20人ほどが展示室に入ってきた。

そして、写真撮影が禁止の部屋で順番にツタンカーメンのマスクの横でツーショット撮影を始めたのである。

もちろん、そこにはツアーに同行しているであろう専属のカメラマンがおりツアーの一部で特別に写真撮影をしているということが分かる。

世界一周をしようという貧乏バックパッカーから見る彼らは同じ日本人でも違う人種のような面白さを感じられた。

そんな感じで日本人観光客の撮影を数十分間見つめていると、後ろの方で大きな罵声が聞こえてきて振り返ってみた。

どうやら、写真撮影禁止のツタンカーメンの棺をスマホで撮影したヨーロッパ系の50代男性がセキュリティに見つかり揉めているようだ。

その男はセキュリティからの制止を振り切り、更に大きい声でツタンカーメンマスクの横で写真撮影をする日本人観光客を指差しこう叫んだのである。

「なんで、あいつらの撮影はOKで俺のはダメなんだ!!ふざけるな!不公平だ!!!」

「彼らはお金を払った特別なツアーなんだ」と真顔で答えるセキュリティ。

「おっさんそれくらいは何となく察してくれ。」と同じ日本人として何故か申し訳ない気持ちを持ちつつも、理不尽なことを言われているセキュリティに少し同情してしまう。

しかし、そのおっさんの必死な訴えを数分間見ていると「よく分かるよその気持」という変な感覚が湧いてくる。

「…確かに彼らだけずるいよな。俺だって写真撮りたい…いいぞおっさん!やれやれ!いったれ!いったれ!もっとやれ!」

いつの間にか、なぜかおっさんを応援しだす自分に気付く。

そう思ったのも束の間、ヨーロッパ系のおっさんはセキュリティにつまみ出されていってしまったのだ。

その姿を見ていると、全く関係ない僕もなぜか居心地が悪くなり外へ出てしまう。

彼もツタンカーメンに何かを狂わされたのかもしれない。

なぜか、おっさんと共に僕も敗北したような気持ちになり、それ以降その場所に戻ることが出来なくなってしまった―

初めての日本人

「日本人に全然会わねーなー」

既にエジプトに来て4日が経過していたが、まだ日本人に一人も出会っていなかった。

旅の情報を仕入れようとベニス細川家という日本人宿に宿泊していたものの、そこは既にインド系の宿へと姿を変えておりスタッフ含めて一人も日本人がいない。

街を歩いてみても、日本人は愚かアジア系の人も見かけることが珍しいくらいだ。

エジプト考古博物館で初めて日本人を目にしたが、団体の観光客ということで少し意味合いが違い話しかけることもなかった。

これまで、東南アジアや欧米、ヨーロッパにしか行ったことがなかった僕にとって"日本人がいない"というのはとても驚くべきことだったのだ。

これまでの浅い海外経験から来る「日本人なんてどこにでもいる」という安易な考えがエジプトで簡単に崩れかけていた。

アフリカという土地がもしかしたらそうなのかもしれない。

"日本人は別にいなくてもいいや"と思い始めた時に出会ったのが「ヒロさんとタイシ」である―

ヒロさんとタイシ

「いやー、本当に怖かったですよー」

エジプト考古博物館から宿に帰る時に、ホテルの入口で出会ったヒロさんというベテランのバックパッカーとベニス細川家の共有スペースで談笑(旅のコツを伝授してもらっている)していると、一人の茶髪の少年が受付にやってきた。

時刻は夜の9時を回ったところである。

タイシと名乗る少年は夜にカイロ空港に到着して、恐る恐るベニス細川家を目指して移動してきたらしい。

カイロ空港からの脱出に多くのエネルギーを費やした僕は、その気持ちが痛いほど分かるような気がした。

おそらく、周りにいる現地人の視線も恐怖に感じたはずだ。

これまで4日間一人も出会っていなかった日本人に急に2人出会ったことで大きな安心とちょっとの悲しさが入り混じったような想像していなかった不思議な気持ちになっていた―

九州3人組

ヒロさんは"福岡県出身"で"人生で最後の住処となる場所"を探して旅をしていた。

過去に放浪の旅をした経験を持つベテランバックパッカーで、風貌からしてもこれまでの人生で僕が出会ったことのないような"旅人の匂い"を感じさせる男性だ。

タイシは"宮崎県出身"の25歳で夏に原付日本一周を予定しており、その前の春に50万円でアフリカ縦断が出来るのかをチャレンジする目的で来たらしい。

見た目も爽やかで、どこか気にかけたくなるような可愛らしさを持っており第一印象から好感が持てる好青年である。

そして、かくいう僕は"鹿児島県出身"で偶然にもエジプトの廃れた日本人宿に3人の九州出身の男が集ったのだ。

偶然、出会った二人と話をしていると「これまで自分がいた世界では出会うことがない人」と出会っていると僕は改めて実感するような気がした。

おかしな話だが、それは自分がエジプトにいるということを本当の意味で認識させてくれるものだった。

僕はこれまで世界一周をした人が身近にいたことはなかったし、もっというと「自分が世界一周をする」ということも可能な限り人には隠して生きてきた節がある。

考え方は人それぞれだが、自分にとってそのスタート地点に立つまでは"誰にも言ってはいけない"というのが肝になると思っていたからだ。

しかし、目の前ではそれぞれが抱える「僕がひた隠しにしてきた思い」に似たような内容が語られている。

何のストレスもなく「そういった話が展開される光景」に新鮮味を感じながら、僕も二人に合わせて自分の思いの断片を語ってみる。

真剣に話を聞いてくれる二人とは裏腹に「言葉が自分を追越していくかのようなチグハグな感覚」が僕を少し包む。

【誰にも言ってはいけない】と自分に言い聞かせ積み重ねてきた数年間が"その感覚"に姿を変えているのか"それとも【その数年間で見つけたはずの自分が崩れ始めているのか】

"そのチグハグな感覚の正体"を捉えることができない。

出発前の数ヶ月間抱えていた思いがエジプトの地でもまた顔を出す。

自分の意思を明確にして目指してきたはずの世界一周が、僕が嫌う「自分探しの旅になるのではないか」という恐れを少し感じてしまった。

エジプトの地で出会う日本人との時間、というこれまでにはない空間を楽しみながら、僕は拭えない自分の弱さを再認識していた―

◆次回
【遂にピラミッドを辿り着く。そこで待ち受ける精神的なキツさとは―】


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