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第1話 エジプトまでの道のり(アフリカンジャーニー1カ国目①)〜世界一周備忘録(小説)

1月11日時刻は20時43分。成田空港発カイロ国際空港行の飛行機が遂に出発した。

乗客が全員乗り込んだのか、定刻より2分早い出発である。

僕は経由地であるソウル空港に向かう機内の中で天井をぼーっと見つめていた―

成田国際空港発〜ソウル経由

僕が出発の4ヶ月前に予約した成田〜カイロまでの飛行機は、計35時間を要する長時間のフライトだ。

ソウルとアディスアベバ(エチオピア ボレ国際空港)の2つの地点を経由していく、いわゆる"面倒だけど安価な飛行機"である。

「機内の中で天井を見つめていた」というのは、椅子に座って顔を上に向けていたわけではなく3列シートに仰向けに寝転がって”ただぼんやり”と前を見ていたのだ。

飛行機の3列シートの肘掛けを上に上げ、身体を横に倒すという発想は、当然だが僕に元々備わっていた訳ではなく前の席に座っているアラビア系の女性がそうやって横になっていたのを真似たのである。

幸い成田空港から2時間程度掛かる経由地のソウル空港までは人が少なく、どの座席も3列シートに一人いるかいないかという状態だったため全く問題はなかったし、定期的に歩いてくるエチオピア航空のCAも全く気にしない様子だったので、そのまま僕は寝転がりながらただひたすら天井を見つめ無為な時間を過ごしていた。

「出発する時はどんな気持ちになるのだろうか―」

数ヶ月前はそんなことを考えていたが、天井を見つめている僕の気持ちは至って冷静で少しの波も立っていない。

離陸時に、世界一周のスタートだからという気持ちで「行け!飛べ!」と心の中で力強く唱えてみたが、気持ちを高揚させるには全くの効果を発揮しなかった。

出発の1ヶ月前から前日にかけて、もっというと飛行機に乗り込む直前まで感じていた"1年間日本に帰らない"という心細さや不安も何故か嘘のように消えている。

「この冷静さの正体は何なのだろうか―」

天井を見つめながら考えてみたが、「世界一周へ出発したという実感がまだわかないだけなのかな…」と、思ったところで面倒になってやめてしまった。

何も特別な感情が湧かない自分とは反対に、いつもとは違う"特別な姿勢"で飛行機に乗っている自分が少しおかしいなと思ったところで、最初の機内食が運ばれてきたので慣れた姿勢へと身を戻す。

「チキンプリーズ」

長方形の四角いコンテナから僕に手渡されたトレイの、一番大きなお皿に掛かった銀紙を端から剥がしホカホカのメインディッシュをフォークで口に入れる。

「ホカホカで思ったより美味しいやん。」

これがソウル行の飛行機の中で、一番最初に生まれた"感情"だったと思う。

アディスアベバ(エチオピア ボレ国際空港)

1月12日、現地時刻朝7時過ぎ―

「やばい、全く出口が分からない。どうしよう。」

成田空港でチェックイン時に受け取った17時間のトランジット中の滞在先(エチオピア航空が用意してくれた)のホテルの案内が書かれたA4用紙に目を通すがホテル名(Skylitehotel)が分かるだけで、その他に何も僕を手助けしてはくれない。

最初の経由地であるソウル空港の手荷物検査で徐々に高まってきた「自分が外国人になってしまった」という緊張感はピークを迎えようとしていた。

出発時こそ世界一周という船出とは裏腹に冷静だった気持ちは、全てのやり取りが英語に変わったソウル空港でいとも簡単に緊張感へと変わってしまった。

そしてそれは、計17時間を要して辿り着いたアディアベバ(エチオピアのボレ国際空港)で大きな焦りへと形を変え、異国の地に一人ぽつんといる心細さを僕に与えている。長時間フライトで身体もきつい。

まず、ボレ国際空港についた僕は同乗していた乗客の群れに合わせて手荷物検査場を通過しそのままトランジット(乗り換え専用)出国ゲートへと"向かった"。

”向かった"というよりは、廊下に何人か立っている空港職員にカイロへの乗り換えチケットとホテルの予約の紙を見せたら、ジェスチャーで「こっちだよ」という風に案内されその流れで辿り着いたというほうが正しいだろう。

もしかしたら、出国ゲートへ入ったあとの段取りも英語で話してくれていたかもしれないが、その時の僕は何も理解出来ていなかった。

エチオピアの主要な国際線であるボレ国際空港の出国ゲートは確かメインフロア(2階)にA1〜A11、メインフロア横にB1〜B10、Bゲートの入口横の長いエスカレータで1階に降りるとC1〜C10とゲート数も多い。

しかも、免税店やレストランも数多くありとにかくだだっ広い。メインフロアを端から端に歩くだけで優に10分弱は掛かる広さだ。

そんな、広大なフロアで異国人である僕は一人力なく立ち尽くしていた―

Skylite in terminal hotel

「最悪、カイロ行きが出発するA11ゲートの前で17時間待機しておけばいいか…」

そんな事を一瞬思ったが、カイロに着くのが深夜1時過ぎということを思い出し空港内にある案内板を見上げてみると、そこには「Skylite in terminal hotel⬆」と書かれているものを見つけた。

「空港内にホテルがあったのか。これで助かった。」

心の中でそうつぶやきながら数十メートルおきに出ているその案内に従い、メインフロアにある数々の店の前を通りCゲートとは真逆に位置する長いエスカレーターを降り長く細い廊下を通ると、10分弱で「Skylite in terminl hotel」の受付が見えてきた。

「よっしゃ!これで休めるぞ!」

ボレ国際空港についてから既に約1時間が経過していた―

まさかのチェックインできず

「なかなか、上手くは行かないな…」

そんな事を思いながら、Skylite in terminal hotelの前にある細長い廊下をトボトボとメインフロアに向け僕は歩いていた。

「ここは、Skylite in terminal hotelであなたの予約は街中のほうのSkyklite hotel。ここじゃないわ。同じホテルだけど一回空港の外に出てバスに乗って向かうしかないの。」

Skylite in terminal hotelの受付の女性はこんな事を言いながら外に出る方法を教えてくれた。
しかし、英語に不慣れな僕が聞き取れたのは「"number10","downstair","getting bus"」この3つのワードだけ。なんとも頼りなく心細い3ワードである。

落胆した気持ちを抱えながら、唯一の希望である3つの言葉を忘れないよう心の中で反復しているとメインフロア(2階)へと向かう長いエスカレーターが見えてきた。

空港内のどのエスカレーターもそうだったが、なぜか昇りか降りのどちらか一方が機能しておらず僕は仕方なく横にある階段の方へと歩みを変える。

すると今からまさに僕が登ろうとしている長い階段を、1段目から順にモップがけを始めようとしている清掃員のおばちゃんが視界に入ってきた。

おばちゃんの顔を階段の5メートル手前から覗き込む。

「あぁ、めっちゃ面倒くさそうに早く登れって顔してるやん…」

ボレ国際空港清掃員のおばちゃん

「嫌悪感むき出しすぎやろ」

そんな事を思いながら、徐々に階段に近づいていく。

清掃員のおばちゃんのあからさまな嫌悪感を見ていると、逆におもしろさを感じてきた僕はあることを思いつく。

そして、まさに1段目に足をかけようとするタイミングで横にいるおばちゃんに一瞬目配せをする。

「見とけよ、おばばぁぁぁああ!」

そう思いながら、普通に登れば1分くらい掛かりそうな階段を10秒程で一気に駆け上り、勝ち誇った顔で後ろ(下)を振り返る。

思った通り―

「呆れた。馬鹿なアジア人。でも、早く登ってくれて助かったよ。ありがとさん。」

そんな顔で清掃員のおばちゃんが笑いながら僕を見上げていた。

そしてお互い目が合うと同時に右手を上げ微笑み合い、僕は勝ち気な気持ちで雑多なメインフロアへ向かう。

「よく分かんないけど、この空港脱出できるぞ!」

早くも言葉の壁に阻まれていた僕にとって、"言葉を使わずに通じ合った"この出来事は"小さな勇気"を与えてくれた。

おばちゃんにもらった小さな勇気を胸に、「"number10","downstair","getting bus"」とリズムよく口にしながら空港内を大股で歩いていく―

◆次回
【隣に座る胡散臭いエジプト人の正体とは?】


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