森と樅

死んだように生きていた頃、勇気を出して人生の夏休みを手に入れた時分の記録です。書きかけ…

森と樅

死んだように生きていた頃、勇気を出して人生の夏休みを手に入れた時分の記録です。書きかけで止まっていましたが、2020年11月、再開しました。生きて還りし物語なのですが、あのとき休まなかったら、たぶん、本当に死んでいたと思います。思い切って休んで良かったです。ありがとうございます。

マガジン

  • 皆さんと行く!屋久島2.5

    2020年の11月が終わる頃、旅が再び始まりました。今回は、鹿児島でフェリーに乗った日から、屋久島の最終日まで。これを繰り返します。Twitterに写真と文字で1日分を投稿したら、次の日へ。1巡りしたら、noteにまとめ記事を投稿することにしました。その記事たちをしまっていくマガジンです。

  • 宝箱

    屋久島の旅を投稿する過程で生じた嬉しいことなどをしまっていくマガジンです。

  • 廃車寸前の愛車と行く!屋久島2

    今はもうサヨナラしてしまった愛車との想い出を、少しずつ綴っていきます。足取りは軽め、画像は重めです。

最近の記事

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「廃車寸前の愛車と行く!屋久島2」目次

【2016年9月7日】   ・アキの宮島 【2016年9月8日】   ・いよいよ、九州。 【2016年9月9日】   ・九州縦断。   ・はいびすかす乗船。   ・出港。   ・種子島。 【2016年9月10日】   ・出港、再び。   ・思いがけない贈り物   ・屋久島との再会   ・宮之浦港到着   ・白谷雲水峡再訪 【2016年9月11日】 【2016年9月12日】 【2016年9月13日】 【2016年9月14日】 【2016年9月15日】 【201

    • お久しぶりです。2023

      久しぶりに、このnoteを開きました。 2020年11月、こんなことを書いていました。 “旅”を再開するも 全部はできなくて現在に至ります。 屋久島の写真、もっとあって、言葉と一緒に投稿したい気持ちはありますが、今、難しいです。ひとまず1周目をでき嬉しいです。一緒に旅をしてくださり、ありがとうございます。 過去を振り返るより、今を精一杯生きた方がいいのかもしれないと思う時もあります。しかし、たまに人生を俯瞰したくなる時もあります。 2020年11月終わりごろ眠れな

      • 皆さんと行く!屋久島2.5(1)

        おかげさまで、1巡目が終わりました。 一緒に辿っていただき、ありがとうございます。 約2週間を、ここに貼り付けておきます。 * * * * * * * * * * * * * * 最終日まで辿り着くことができ、ほっとしました。毎日続けることで、自分自身とちょっぴり仲良くなれた気がします。 鹿児島の港に着いてから、自宅まで帰る部分もあるのですが、それはひとまずそっとしておきます。再び鹿児島からはいびすかすに乗って屋久島に行き2週間ほど過ごして

        • 記事をご紹介いただき、ありがとうございます。大変嬉しいです。

          先日も、嬉しいことがあったのですが さらに・・・ 一緒に巡っていただき、ありがとうございます。キラキラも一緒にご覧いただけて、大変嬉しいです。 それから・・・ 素敵な絵文字の組み合わせでご紹介いただき、ありがとうございます。 それから・・・ それから・・・ ありがとうございます!! それから・・・ こちらも ありがとうございます! それから・・・ ありがとうございます! 別バージョンも! ありがとうございます! ありがとうございます! 私の言葉

        • 固定された記事

        「廃車寸前の愛車と行く!屋久島2」目次

        マガジン

        • 皆さんと行く!屋久島2.5
          2本
        • 宝箱
          2本
        • 廃車寸前の愛車と行く!屋久島2
          12本

        記事

          記事をご紹介いただき、ありがとうございます。大変嬉しいです。

          クルクルローダーさん、ありがとうございます。Twitterだけでなく、noteもお読みいただき、こんな素敵な形でご紹介いただき、びっくりするやら嬉しいやらです。 その後、こんなメッセージもいただきました。ありがとうございます。 それから・・・ クルクルローダーさんは、素敵な重機Tシャツのお店も運営していらっしゃいます。 当初、私自身、重機好きなので、惹かれるものがありましたが、ほどなくして、作品だけでなく、クルクルローダーさんご自身もとても素敵ということがだんだんわか

          記事をご紹介いただき、ありがとうございます。大変嬉しいです。

          お久しぶりです。

          一旦、眠りましたが、眠れなくて、目を開いて、電気をつけて、パソコンを開きました。久しぶりに、このアカウントに入ってみました。 「みんなのフォトギャラリー」で写真をご使用くださった方、記事をお読みくださった方、スキをくださった方、フォローしてくださっている方、ありがとうございます。 「廃車寸前の愛車と行く!屋久島2」は最近再び目を覚ましました。 数日前から「Twitterの皆さんと行く!屋久島2.5」の投稿を始めています。前回の失敗を活かし、1日につき1点写真を投稿したら

          お久しぶりです。

          白谷雲水峡再訪

          屋久島に着いたことは着いたけれど、することを決めていなかった。 はいびすかすが入港するくらいまでにはいくらなんでも決めておこうよ、とあの声が言ったりもしたけれど、港に何かとっておきの情報があるかもしれないし、無計画な旅も悪くないんじゃないかと軽く言い返しておいた。 さて、どうしよう? ・ ・ ・ 廃車寸前の愛車と私がまず訪れたのは、白谷雲水峡だった。 ここは、かつて一度行ったことがあったのだが、迷子になった思い出深い場所だ。宮之浦港からわりと近い(車ならば)し、まだ7時

          白谷雲水峡再訪

          宮之浦港到着

          いつの間にか、船は屋久島にぐんぐん近づいていた。 時折、トビウオがジャンプしてキラリと光った。 朝は、相変わらず美しかった。 そのうち、船は港へと入っていった。 鹿児島の港で見たような、赤いのが出迎えてくれた。 6時54分。 あのギモーヴたちも。 船は、ぐるっとまわって・・・ いつもの場所に落ち着いた。 7時5分。 はいびすかすは、自分の仕事に満足しているように私には思えた。 生き甲斐を感じて、毎日が充実しているに違いなかった。 もちろん、大変なこともあるだろうけれ

          宮之浦港到着

          自己紹介

          ご覧いただき、ありがとうございます。 私はかつて、雇われの身でした。 今は、雇われていません。 こう書くと、雇われることが悪いことみたいですが、そうとも限らないと今では思えます。ただ、今、人生で最高に幸せであることも事実です。今は今で大変なこともありますが、あの頃とは全然違います。白黒の仕事をしているのは、もしかしたらあの時代の名残なのかもしれません。 私には、書きたい話がありました。雇われの身だった頃の話です。私は、白黒の毎日に疲れ果てていました。死んだように生きていま

          自己紹介

          屋久島との再会

          もうひとつの話を書こう。 船の、進行方向の側の話を。 雲がはいびすかす色に染まり始めた5時50分くらいに一旦話は戻る。 船は、屋久島に向かって進んでいた。 私は、懐かしいその姿を見ようとして船の進む方を幾度か確認した。けれども、それらしいものは見えなかった。開口一番、何と言おう? 屋久島は、私を憶えているだろうか・・・? そのうち、船の右後方では朝日が顔を出して、空が、海が、刻一刻とその表情を変えていった。私はその写真を撮りつつ、たまに屋久島があるはずの方向を振り返って

          屋久島との再会

          思いがけない贈り物

          朝が雲に特別な色を塗り始めたのは、5時47分頃。 この日、適度に雲があって朝は張り切っているようだった。 雲も、嬉しそうだった。 この先については、書きたいことが主に2つある。 けれども、同時に書くのは難しそうなので、まずは船の右後方、種子島の側の出来事から書いてみる。 雲は、一旦、はいびすかすの色に近づいたかと思うと、その後、次第に黄色が強めになり、金色へと変わっていった。 6時8分22秒、海面に近い雲の向こうから、誰かがこちらを見ていることに私は気付いた。 6時4

          思いがけない贈り物

          出港、再び。

          船が、目を覚ました。 だから、私も、目を覚ました。 たぶん、そうなのだ。 というのも、私は少しでも音がすると眠っていられない性分だから。 写真が教えてくれたところによれば、翌朝私は4時40分頃には起きていた。まだ、“朝”なんて呼ぶのは躊躇してしまいそうな、真っ暗な時分のことだ。 早起きは、苦手なはずなのに。 その後、いつ船が動き出したのか、憶えていない。 船は、元気な叫び声はあげずに、そっと港を後にした。 それだけは、憶えている。 きっと、まだ早いからなのだろう、私はそ

          出港、再び。

          種子島。

          船は、粛々と進んだ。 夜も、着々と準備された。 船の上に居たけれど、後悔は無かった。 夜がすっかり夜らしくなった頃、私はまだ甲板に居た。 写真が教えてくれたところによれば、私は19時数分前まで甲板でシャッターボタンを押しまくっていたようだ。あるいは、客室と甲板を行ったり来たりしていたのかもしれない。18時56分の奄美大島行きのフェリーの写真を最後に、しばらく時間が空いている。 恐らく、この後、一旦客室に引っ込んだのだろう。 確か、同じ部屋の人と話をしたような記憶もある。

          種子島。

          出港。

          一体、いつどのようにしてはいびすかすが動き出したのか、もう憶えていない。ただ、その咆哮にビックリしたことだけは憶えている。なにかこう、背中を押されるような感じだった。けれども、それが具体的にどんな声だったのかというところまでは、サッパリ思い出せないのだ。とにかく、その声は、突然私の心の中に飛び込んできて、暫くそこで踊り続けた。 はいびすかすの咆哮や動き出す瞬間について、克明に書き記すことができないのは、とても残念だ。大好きなものについては、事細かにしかもたくさん書きたくなっ

          はいびすかす乗船。

          約束は、夕方だった。 時間は、もう、覚えていない。 鹿児島のイオンを出て、産業道路を通って港へ向かった。 一通り手続きを終え、搭乗券を入手。 これでもう、本当に大丈夫だ。 ダッシュボードに券を置いて撮ってみた。 16時55分・・・ ピンクと白に塗られた船が、出発の準備をしている。 いろいろ、出たり入ったり、せわしない。 そばに積んであるコンテナが、だんだんギモーヴに見えてきた。 これから、あれに乗るのだ・・・。 あの橋みたいなの、中ほどに差し掛かったら急にバラバラにな

          はいびすかす乗船。

          九州縦断。

          翌朝、6時25分頃、窓の外を眺めたら朝日が。 お天気、良さそうだ。 あの橋、昨日渡ったんだっけ。 今日も、逆向きに通って都市高速を抜けて・・・ 夕方までに、鹿児島のフェリー乗り場に辿り着くのだ。 ちゃんと、着けるのかな? まずは、あの橋を渡ろう。 確か、昨日、道を間違えて1回で渡れなかったんだっけ・・・。 都市高速、そんなに混んでないといいな・・・。 朝食を早めに済ませ 廃車寸前の愛車と私は7時10分くらい前に出発した。 果たして、橋は、1回で渡れた。 都市高速は、

          九州縦断。