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小説

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自作した小説をまとめています。基本的にはさらっと読める短編です。後味の悪いものもあります。
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記事一覧

【絵本的な物語の小説】今日のおさんぽ

【絵本的な物語の小説】今日のおさんぽ

「おはよう」
起きたらまず同居人に挨拶をするのが俺の日課だ。
同居人のアヤは朝が弱く、こうして無理やりにでも起こしてやらないと動こうとしない。
「もう少し寝かせて」とぼやいて寝返りを打つ。
カーテンの隙間から外を眺める。雲一つない快晴で今すぐにでも散歩に出掛けたくなってしまう晴れ渡った空だった。

耳元に近寄ったり呼びかけてみたり、ちょっかいを出してみてもアヤは起きようとしない。それどころか布団に

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【#2000字のドラマ】人間交差点

【#2000字のドラマ】人間交差点

投稿のアイコンが赤く輝いている。

アカは意を決し、それをタップした。
TikTokを通じて全世界に向けて発信された何十秒の映像には、アカが作詞作曲した曲の弾き語りが映されている。
世界を変えたいわけでも、音楽で飯を食って行こうと考えているわけでもない。
ただ好きだからやっている。自分が脳内で鳴らした音が、実際にギターの音色で表現された瞬間が好きだ。
ギターの音が全てを肯定してくれた気がしてきて、

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【小説】明日、カンの日だから

【小説】明日、カンの日だから

「ほら、ご飯出来たから座ってないで早く運んで」
「はーい」
気の抜けるような返事をしてマサキは立ち上がった。尻の形に沈み込んでいたソファーがゆっくりと元に戻っていく。
暖色系の照明が木製のおぼんを照らす。マサキはおぼんを持ってダイニングテーブルに持って行った。
ホラ、これも必要でしょ、と海香がマサキの箸を手渡す。
最近買ったばかりのお揃いの箸は、海香がお気に入りの雑貨屋でお揃いのマグカップと共に購

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【小説】ポイ捨て

【小説】ポイ捨て

 「あ、こっちのお湯の方が温かいですよ」
コンビニ店員は優しく教えてくれた。
目の前にあるポットは2つ。俺はカレー味のカップ麺を食べようとしていた。
 「あ、っす」
咄嗟に声を掛けられたのが予想外で、相手が喜んでくれるような言葉の塊にはならなかった。
 自分が使ったポットの温度を見ると70度を指していて、コンビニ店員が温かいと教えてくれた方は100度を指している。
慌ててそっちのお湯を入れるも、カ

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【小説】続・ポイ捨て

【小説】続・ポイ捨て

 ドッ…ドッ…ドッ…ドッ!
薄暗く、空気の悪い空間でやたらと低音だけが目立つ曲が流れている。
ギラギラしたピンク色のライトがいかにも安っぽくて猥雑さを感じた。

 少しでも気分を入れ替えようと友達を飲みに誘ったけれど、片っ端からフラれた。
 昨日見たカマキリの映像が頭に残っていて気分が悪い。カマキリは頭部が切り落とされても動くらしい。頭のない状態でも、いじめてくる子どもたちに向かって歯向かっていた

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【小説】ミルクを汚す黒い液体

【小説】ミルクを汚す黒い液体

うぇーーーーーーん!!!!!
 空気を痺れさせるような泣き声でクロは目を覚ました。赤ちゃんの泣き声が苦手だということにクロが気がついたのはここ1ヶ月のことだ。聞いているとなぜか不安になる。その声は緊急地震速報を思わせた。
 クロは赤ちゃんの泣き止ませ方を体得している。あーでもないこーでもないと試行錯誤を試し、本を読み、ネットの情報を漁り、頭にインプットした知識が本当に正しいものか調べ、知識をふるい

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【小説】 2025年の乾杯

【小説】 2025年の乾杯

「8月4日休みの人いる?」
7月中旬、雨ばかり続いている。今年の梅雨は長いと天気予報士がテレビで言っていた。

曇天の隙間から光が差すように、日々に希望を与えたのは久しぶりに動いたグループLINEだった。投稿したのは友人の拓哉だ。
今まで止まっていた時間が嘘のように歯切れ良いペースで動き出していく。
“T高校男子テニス部”と名付けられたグループには高校時代、同じ部活に所属していた同級生が8人入って

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【小説】 6日目の蝉と缶ビール

【小説】 6日目の蝉と缶ビール

蝉は気温が35度を超えると熱中症のような症状に陥り、寿命を全う出来ずに死んでしまうらしい。
本来の寿命が7日間だとして、与えられた本来の命を全う出来ず、6日目に死んでしまった蝉は不幸なのだろうか。

私の祖父は78歳で亡くなった。癌だった。
入退院を繰り返し、元気になって農作業をしたり、気持ちが負けて「もう死にたい」と洩らす日もあった。不安的な日々を過ごしていくうちに、いつの間に亡くなった。
人生

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