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『さいたま国際芸術祭2023』--------「日常では味わえない視点」。

 とても浮かれた興味かもしれないけれど、アートの世界で、目[mé]が作品を制作する、もしくは展覧会に関わる、といったニュースを聞くと、ちょっと気持ちが浮き立つ。


 最初に目[mé]知ったのは、いつのことか、もう覚えていないけれど、行きたいと思って、やっとちゃんと作品を見られたのが、 埼玉県でも芸術祭を始めた、「さいたまトリエンナーレ2016」の時だった。

 そのときは、電車に乗って、春日部に来ただけで、随分と遠くに来た気持ちになっていたのに、そこからさらに乗り換えて田園光景の中を通って岩槻駅に着き、そこからまたバスに乗って展覧会場に着いた。

 その屋内にも、様々な国から出展した作品があって、さらに、その屋外の小さな林の奥に、「目[mé]」の作品があった。その日は、会期終了間近だったのだけど、この作品に関しては、情報を出さないでください、とお願いがあって、それが守られていたようで、どんな作品かを知らないままで、その場所に行けた。

 そこには池があった。

 少し都市部を離れると、道路の脇にあるような直径10メートルほどで、そこからは枯れている草も水面から顔を出していたのだけど、それも含めて、池が「目[mé]」の作品だった。

 そこは、何もない場所だったらしい。そこに樹脂か何かを流し込み、池に見えるようにしていたから、その上を歩くことができた。歩いても、池にしか思えなかったから、最初は、ちょっとビクビクしながらだったけれど、そんな疑似とはいえ、池の水面を歩くような経験は初めてだったから、新鮮で、それに空も広く見え、そろそろ寒くなってきた頃だったのだけど、気持ちが良かった。

 この作品は集合時刻が決まっていて、ツアーのように鑑賞をするのだけど、まだ太陽が明るいうちだけではなく、その何時間かあとに、暗くなりつつある頃も、もう一度、見に行った。夜の池はちょっと怖さもあるけれど、この「池のように見えて池ではない」作品にも、同じような感覚があった。

 すごい作家だと思ったし、それからも、想像を超えるような作品をつくっているようだった。

 アーティストと、ディレクターと、制作統括の3人が「目[mé]」なのだけど、このチーム編成は、発明王と言われたエジソンが、自身の研究所か何かで、恒常的に発明を生み出す構成と言われていたようなのだけど、それと似ている印象がある。

 だから、このチーム構成自体も、作品の一つのように思えてくる。

「さいたま国際芸術祭2023」への道

 その「目[mé]」が、メイン会場のディレクションをしている、というような情報を知り、この芸術祭のキュレーションをしているというわけではないのだろうか、といった微妙な疑問などもあったのだけど、そのメイン会場のことは、10月から始まった芸術祭をすでに観た人が語るときに、とても肯定的、同時に、表現が難しそうな印象が伝わってきた。

 だから、勝手に期待も高まっていたのだけど、それもこちらの都合で、なかなか行くことができず、やっと行けそうなのが、会期終了間際だった。

 大宮は、私たちにとって遠い。

 電車に乗って、座れたからよかったけれど、1時間くらいずっと走って、そして、やっと着く。

 その前に、サイトを見ていて、いろいろなイベントや作品もありそうなのは知っていたのだけど、時間もそれほどたっぷりとはないので、おそらくメイン会場しか行けないと思っていた。

 大宮駅に着けば、国際芸術祭でもあるのだから、ポスターなどがあって、どうやって会場に行けばいいのか分かるはずと思っていたら、でも、実際に大宮駅に着いて、見た範囲では、そうした形跡が一切なかった。

 埼玉在住の人が、この芸術祭のことを、全く知らない、と言っていたのが、何日か前のことだったのだけど、その人がアートにあまり興味がないせいかと思っていたが、これだけ何もなければ、それも仕方がないと思った。

 駅から出る時も、自分でプリントアウトしていった地図を注意深く見て、さらには駅構内の地図で確認しないと迷いそうだった。知らない街で、道が分からなくなると、不安だし、疲れが強くなるから、ここで慎重にしたかったけれど、これから芸術祭に行くのに、もうちょっと気持ちが浮き立つような表示などがあってもいいのに、と不満に思う。

 しばらく道路を歩くと、やっと「さいたま国際芸術祭2023」のフラッグが控えめに歩道の上にぶら下がっているのがわかったから、この道筋で間違っていないとは思えたのだけど、会場に向けて歩いているのに、そのフラッグは、裏側だった。どうしてなのだろう、という気持ちになる。

 街には、芸術祭の気配がない。

 そこから、さらに歩き続け、右に曲がり、妻と二人で、「あの人は、会場に行くかも---」などと言いながら、それでも不安と共に歩いて行った。

 これまでの経験で言えば、アート関係の施設に見えた立派なビルがあったのだけど、それが大宮区役所だった。そのおしゃれな作りに、どこか圧倒されるような気持ちになっていたら、その建物の道路をはさんだところに、サイトで写真を見た、古いコンクリートの建物があり、その前に「さいたま国際芸術祭」の文字があった。

 旧市民会館おおみやに着いた。うれしいよりも、ちょっとほっとした。

 そこには、大きなモニターのようなものがあって、次々と映し出される映像は、おそらくは、この芸術祭のいろいろな場面のようだった。

 やっとアートの気配がした。

メイン会場

 この建物は、おおみや市民会館という名前で、実際に使用されてきたのだけど、2022年3月に閉館していた。その建物が、今回、「さいたま芸術祭2023」のメイン会場として再利用されるかたちになるのは、サイトを見て知っていた。

 いかにも古くからの公共施設のたたずまい、やや茶色い外観。

 建物の外側には、スタッフがいて、入場券のことを聞いたら、一階の端っこの入り口を示された。そこで、購入してからも、この建物に入れるし、もう一つ入り口もあると聞いた。

 歩いて、妻と二人で建物に入って、チケットを2枚を買った。4000円。

 1階のロビーのような場所。そこには、まだ工事中にも見える、鉄パイプも使っている階段があって、建物の構造自体は複雑なのは分かったけれど、なんだかガランとしていて、何もないようにも思える。

 作品は、どこだろう。そう思っても、見つからず、すぐに目に入ったのは、盆栽だった。「フロアマップ」を見たら、名前があった。「平尾成志」。それが盆栽の「作者」だった。

 埼玉県は、盆栽が有名だったことを思い出した。

 妻の方が、熱心に見ていた。

 あまり見る機会がないけれど、部分的に白骨のようになっているような盆栽もあって、そして、この小ささで樹木になっているのは、やっぱり不思議だった。だけど、その感じが、この古い建物とマッチしすぎていて、イスに座って、しばらくゆっくりして、トイレに行ったりしたのは、ここまでの小さい旅の過程で、少し疲れていたのかもしれない。

 他には、何もない。

 その1階の隅には、透明な板で区切られた別の空間があったけれど、ここから直接行けない。ただ、さいたま国際芸術祭、という名前がついているのだから、もっと作品があるはず、と思ってはいた。

 それでも、単純に見落としているだけかも、と思うのは、作品の表示や説明がなかったせいもある。

2階

 そこから、階段を上がる。

 2階の「フロアマップ」には、伊藤比呂美という名前がある。

 あの詩人なのは分かるから、壁に何か「詩」があったりするのだろうか、などと思って2階に上がったのだけど、ホールへ入るドアが閉まったままだったり、窓があったり、半分くらいは透明な板で区切られていて、向こうには行けないだけで、そして、もう一人のアーニャ・ガラッチオというアーティストの作品は、どこにあるか分からない。

 そのスペースの隅にある地味なクッションのある長椅子に何の説明もなくヘッドフォンが三つあった。それを耳にかけると、伊藤比呂美が詩や散文の朗読をする声が聞こえてくる。

 古い建物の内部で、人が行き来する姿を見ながら、その声を聞くと、こうして整備されていないような環境では、あまりない経験で、新鮮だった。その声がやけに近くに感じたりもしたのだけど、ずっと聞いていたいような気持ちにもなった。

 ただ、まだ他にも見たいので、途中、区切りのいいところでやめて、3階に上がる。

 今のところ、作品の数が少ないのでは、という気持ちはある。

3階

 さらに上の階に上る。

 3階に、透明なプラスチックの壁で区切られた、ややがらんとした空間に思えるが、そこに横倒しになった大きな板のようなものがある。

 それはポートレイト・プロジェクトだった。

 さいたまの人を撮影したポートレイトを、毎日入れ替えるから、次の写真が用意されているようだ。

 そして、その奥には、今村源の作品。

 撮影禁止のマークがあって、そこには、机や傘立てなどが、ヒザの高さくらいのところに水面があるかのように、逆さまに、同じ立体が支えている。ちょっと不思議な感覚になるが、そこを床に控えめに示された点線に従って歩いて、見ていると、また次の部屋に出る。

 先に進んでいた妻は、その点線を見落としていたらしく、直線的にその空間に近寄って行って、スタッフの方に穏やかに注意をされていたようだ。

 そのフロアも見ている時は、その透明な板の向こうにいる人たちが、動いている風景自体が、作品にも見える、日常的にはあまりないような姿も気になるが、その向こうの部屋は暗くなっていて、そこに映像が映写されている。

 水面がそこに映っていて、そこの水面ギリギリのアングルで、少しずつ後ろ向きに動いていって、そして、空とその貯水池に表面に写ったその空が、なんだかきれいに見えて、水の中から、あぶくが浮かんで、といった変化ぐらいだけなのだけど、なんだか見ていられた。

 約10分。作者は、荒川弘憲。撮影は、芝川第一調整池だと示されている。

 その作品を見てから、また、今村源の作品の中を、戻って行った。

 ここまで、作品数だと1階から3階まで、5作品。

 国際芸術祭と名前がついて、メイン会場としては、やっぱり少ないと思う。

 でも、この会場では、半分くらい鑑賞したに過ぎなかった。

再度入場 

 この建物が、不思議な構造に思えるのは、透明な板で区切られた場所に行くには、同じフロアなのに、どうやら、一度、外に出て、また違う入り口から入らなければいけないからのようだ。

 そして、一度、出る前に、そういえば大ホールを見ていないと思って、その前にスタッフの方が座っていて、中に入っていいんですか?と聞いたら、うなずいてくれて、その中には立派なホールが広がっていて、少し遠くの舞台では、和服を着て、刀を持って、舞っていた。

 メイン会場・大ホールのスケジュールは、10月7日の最初の日から、休館日以外は、何かしらの催し物がずっと行われていて、今日は、「市民文化団体 さいたま市浦和吟剣詩舞道連盟」だった。

 初めて見たけれど、あまりにもなじみがないせいもあって、妻と二人で、申し訳ないのだけど、少しだけ見て、そして、早めに出てきてしまった。

 それから、一度、外へ出て、今度は外階段を使って、2階から入る。

 その正面には花がたくさん展示されていた。

 それは無数の切花のガーベラが壁に張り付くようにガラスで展示されていて、でも、その花は会期が始まってから、ずっとそこにあるから、枯れている上に、かなり朽ちて、その外側にまで落ちていた。

 そこには時間も表現されているのだろう。

 最初の2階の時には、「アーニャ・ガラッチオ」と名前だけがフロアマップにあったのだけど、これが、その作品で、さっきは見えない場所だった。

 そこから、またさっきも一度はいた2階のフロアに入ったら、何もないように思えて、さっきとは別のソファーに、また目立たないようにヘッドフォンがあって、それは、さっきの伊藤比呂美の朗読だったけれど、その内容は、先ほどとは、やっぱり違っているようだった。

 最初のは、俗世間に関する話であって、ここでの話は、どちらかといえば、あの世に近いような朗読に感じた。違う言葉で言えば「表」と「裏」のようにも感じた。どちらにしても、こういうある種の雑踏ような場所で、自分だけがヘッドフォンで言葉を聞いていると、やはり少し不思議な気持ちになり、同時に、その話されている内容がやはり面白く、妻と二人で、作品一つが朗読される区切りまで聞いていた。

 時間がもっとあったり、気持ちに余裕もあったとしたら、本当に、さっきの朗読も含めて、全部聞きたいくらいな気持ちだった。

裏側

 そこから1階に降っていくと、またさっきの「市民文化団体 さいたま市浦和吟剣詩舞道連盟」が舞っている大ホールへ入って行った。

 だけど、それは、ホールの隅っこを、透明な板で区切られた通路を歩く。だから、観客席でも、外側に見えて、そこからさらに歩くと、舞台を真横から見えるような場所もあった。

 いわゆる舞台袖、というものを、今、舞台が行われているときに、こうして、その現場を見るのは初めてだった。当たり前だけど、舞台の奥行きの分だけ、舞台袖のスペースがあるのだから、思ったよりも広くて、そして、そこに関係者、もしかしたら次に舞台に出る人かもしれないけれど、表情は厳しくて緊張感があった。

 でもそれは、私たちのように、舞台をのぞき込むような観客がいるから、余計に緊張して、というか、不機嫌になっていたのかもしれない。そして、その透明な板で区切られた通路は、舞台の裏にまで通じていた。

 だから、もしかしたら、舞っている人たちの後ろで、観客席から見えてしまうかも、と思いながらも、そうはいっても、見えないようにしてくれているのか、と考えながらも、それでも、実際に行われている舞台で、観客もいる中で、その場所からの視点を得られることは、おそらくはこれからもないだろうと思って、そこを歩いてみた。

 あちらから見えているとしても、観客は見えていないように振る舞っているはずで、だから、私の存在は透明人間というか、それこそ、幽霊のような存在になっていると思うと、そのことが本当かどうかは確かめようがなくても、不思議な気持ちにはなれた。

 そこからは、ホールの外側の事務所のような場所が続く、あまり広くない廊下を、一方通行です、とスタッフに言われながら歩く。

 そこは、ずっと透明な板で区切られていて、そこにあるのに、そこにはいけない場所が続く。

 ある会議室のような場所。ソファーが並んでいるのだけど、その部屋の一部だけ、「こちら側」で、仕切りがあって、「あちら側」と区切られているのが、はっきりとしている場所で、なんだか楽しくなって、その「こちら側」のソファーが二つあったので、スタッフの方に聞いたら、座ってもいいということだったので、妻と座って、しばらく話をしていた。

 そこには白鳥健二の作品もあった。

 ここまで思ったよりも歩いていたようで、だから、やっぱり少し疲れていたみたいで、そのまま、ちょっとくつろいだ気持ちで楽しい感じになった頃、スタッフから、「すみません。ここは休憩室ではないので------」と、とても遠慮がちに言われたけれど、それだけ楽しんでいたのだと思う。

 そのそばに、「スケーパー研究所」という部屋があった。 

 それは、この会場の内外で、微妙に日常とは違う行為を行い、それを作品として提示する、というような試みだった。

 だから、さっき、廊下で何もないような天井をずっとみ続けている女性がいたのだけど、あの人も「スケーパー」に違いなく、妻は、話しかけたがって、また廊下を戻ろうとしたのだけど、スタッフの人に、「ここは一方通行なので」と止められていた。

 そのそばには、事務所のような日常的な場所があったのだけど、そこも透明な板で半分に仕切られていて、それは、本当に使っている状態なのかも、よく分からなかったけれど、区切られているだけで、少し遠い世界には感じる。

 あとは、地下1階と地下2階で、この会場は鑑賞したことになる。

 作品数で言えば、ここまででも9点だから、芸術祭、という名前のメイン会場としては、圧倒的に少ないのは間違いないが、この建物の構造によって、なんだか、全てが作品に見えてくるし、実際に、掃除道具があちこちにあったりしたものの、それも「スケーパー」による作品ではないかと思って、みていた。だから、なんだか楽しい空間だった。

さざえ堂

 この会場を巡りながら、頭に浮かんだのはさざえ堂だった。

独特な2重螺旋のスロープに沿って西国三十三観音像が安置され、参拝者はこのお堂をお参りすることで三十三観音参りができるといわれていました。 また、上りと下りが全く別の通路になっている一方通行の構造により、たくさんの参拝者がすれ違うこと無く安全にお参りできるという世界にも珍しい建築様式

(「会津若松観光ナビ」より)

 もちろん完全には同じなわけはないし、大きく違うのは、その別の通路にしている仕切りを透明にしたことだ。それによって、見る側の勝手な感覚なのだけど、「あちら側」と「こちら側」のような見方もできて、それだけで、失礼ながら平凡な建物で、さらには、作品数の少なさも、十分にカバーするような独特の面白さを生んでいると思った。

 これが、「目[mé]」がディレクションした、という意味なのだろうけれど、このメイン会場全体が、作品にも思えてくる。

 それで、気がついたのが、まだ、3階をみていないということだった。

 さっきは、一度は「あちら側」の展示は見たのだし、透明な仕切りだから、何があるのかは知ってはいたのだけど、やはり、わかっているようで、視点が変わると感じることが違うのかも、と思って、妻とも相談して、3階に上がった。

 そこには、その仕切り自体に着色されたような絵画のような作品があるのは、知っていた。でも、その裏に鏡があって、さらに、その作品が写って、複雑な像に感じさせるのは、さっきは見えなかった。

 谷口真人。《私たちは一つの物語しか選べないのか?》

 それだけが見たくて、3階まで上がってきたのだけど、透明な仕切りのせいで、なんだか、違う場所にも思えたり、さっきの今村源の作品は、仕切りのこちら側から見た方が、本当に、イスとか、傘立てなどが水面に浮かび、その反射した像が見えているように思えたりもして、新鮮だった。

 何より、同じような場所にいるのに、観客が「あちら側」を歩いていて、それは、そこにはいけないというような感覚も、やっぱり不思議だった。

 そのあと、やや疲れが見えてきた妻と話をして、でも、せっかく来たのだからと、地下1階の作品も見た。そこには映像があって、空き缶を、野球のピッチャーがさまざまな変化球を投げるような握りをしている(「L PACK.」)のが、妻は気に入ったようだった。

 途中で、掃除のスタッフがいたのだけど、あれは例の「スケーパー」ではないか、と妻は興味を持ってみていて、話しかけそうな勢いもあったから、私よりも集中して楽しんでいたのだと思う。

 そして、地下2階もあるのだけど、地下1階はずっと一方通行で、いったんは外へ出て、また地下2階(「ミハイル・カリキス」の映像作品)に向かう、というあたりで、妻の疲れも出ていたのだけど、それでも見たかったので、一緒に行ってもらい、だから、この構造が余計に、「さざえ堂」のように思えてきたし、ここまでみてきて、建物のあちこちにあったものも、実は「スケーパー」の作品ではないかと思えること自体が、なんだか楽しかった。

国際という名称

 いわゆるスターアーティストのような人はいなかったように思ったし、自分の無知もあるけれど、失礼ながら知っている作家もほとんどいなかったし、国際芸術祭と名乗らず、通常の芸術祭という名称にした方が、もっと自由にできるのに、などと思ったけれど、この空間も含めて、新鮮だった。

 ポストカードも購入し、会場を出る時は2時間が経っていた。

 会場の外のベンチの上にも、色づいた枯葉が明らかに意図的に集められている場所もあった。

 帰りの電車の中で、座席に座っていたのだけど、通路の向こう側の座席の女性が、こちらに向かって、笑いかけているように思えた。最初は隣の人と話をしているのかと思ったら、一人で、もしかしたら、この人も「スケーパー」なのでは、と思った。

 考えすぎだと思うけれど、そんなようなことを思えるほど、自分の視点に影響があったのだから、十分に意味があったし、来てよかったと思った。




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