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【過去の日記】躁鬱のウツ時代の文章

どうもこんにちは、斎藤海鈴です。

普段は夜にnoteに着手することが多く、基本的には挨拶を「こんばんは」に統一しているのですが、、、今回はお昼(現在丁度正午を回ったところ)に書いているため、初めてこんにちはを使用してみました!


今回はわたしのウツ期の思考様式を皆様にお見せしちゃいます、、、!!!!!


「自分は何も勉強していない」という恥の感覚から脱却するために先月から始めた『思考・思想ノート』。思ったこと、気づいたこと、本やその他諸々から学んだことを全て書き記すためのノートです。

先頃それを読み返していたら(noteに投稿しても遜色なきネタのため、どうしようか逡巡した)という断りから始まる文章を発見したので、過去の自分に少しばかり謝りながらも世に公開してしまうことにしました。

それでは、お読みください。


’21.1.24(日) ふたたび、自室にて。

昨夜、ちょっとした思い付きからQuizKnockを通して学んだ言葉と感じを語彙ノートに書き留めた。その作業だけで「自分は真面目にペンを走らせて、勉強しているのだ」という言いようのない喜びに満たされ、己の勤勉性は地に堕ちたかと絶望した。QKを視聴しながらに然り、クイズアプリで対戦してみたも然り、自分の知識は中学受験や中学生、そして大学受験で培ったものに裏打ちされた、はるか昔のものであると再認識させられ、書籍を通じた更なる研鑽が必要だと幾度も痛感させられた。それにも関わらず自分はYouTubeの視聴に明け暮れ、存在しない何かを求めてTwitterをスクロールし、分かり切った事を確かめるべくコスメの情報を漁り、何の習得も見込めないゲームに手を出している。2月に向けて頑張っている弟(編者注:彼は受験生)、家事の殆どを担う母、稼ぐ父とは滅多に顔を合わせず、日の光を浴びうことなく昼夜逆転した病的な生活をしている自分はさながらスマートフォンの奴隷だ。努力の欠如によって側を離れてしまいそうな知識達に何一つ対策を取ることなく、「今日はもういっか」という「いま」だけに照準を合わせた生活。文字に起こしてみると惨憺たる有り様だ。間も無く大学生活の25%が終わり、「20代に入る」という老いへのあらたな恐怖を感じるようになった今、私には誇るべき事が何も無い。目標は無いのか?向上心は無いのか?他人様に自信を持って接したいのでは無かったか?大学へ進んだ理由は何だったのか?林(輝幸:QuizKnock及びテレビ番組「東大王」のメンバー)も夏目漱石の言葉を借りて「向上心のないものは馬鹿だ」と言っていた。今の己はまごう事無き馬鹿だ。

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いかがでしたか?

最近は躁鬱のソウに入っており、これよりも遥かにマシな生活ができています。おかげさまでnoteや思考・思想ノートの活用によって少しずつ文章を書くことへの抵抗力をなくし、思考の体力をつけはじめています!


ではでは、穏やかな一日を祈って。



🎐最後までお読み頂きありがとうございました。

🎐ぜひ感想をお寄せください!


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