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サラリーマンだった私が、「文春」や「Number」で記事を書き、やがて本を書くまで。♯3名物監督の本音に迫った昨夏のこと

 つづきから。

 SNSをしていない私のもとに、どうして見ず知らずの編集者からメールが届いたのか。不思議に思う方もいるだろう。
 じつは出版業界にはこのような慣例がある。
 ある記事を読んで、その記事を書いたライターに連絡が取りたいと思った編集者は、まずその記事が掲載されている媒体(出版社)にコンタクトを取る。そして、担当編集者に連絡先を聞き、メールが送られてくるというわけだ。

 もちろん今の時代、本人の意向を確認せずに連絡先を教えることはできないから、担当編集者からは事前に「このような連絡があったけど、メールアドレスを教えてもいい?」という連絡が入る。ただただ手間なだけなのに、こうした手続きを踏んでくれる編集者がいて、初めて新たなつながりができるのだ。ありがたい。

 この時もまさにそのような流れだった。
 まずはメールでやりとりをして、次に最寄駅まで足を運んでいただいた。カフェで詳しい話を聞いたところ、どうやら青学大の原監督の本を作りたいとのことだった。書き手を探していたとき、前回述べたスポルティーバのWeb記事が目に止まって、連絡を取ってくれたらしかった。(その際、なんと始めたばかりだったこのnoteにまで目を通してくれたとか!)

 そろそろ立場を明かせば、その方はビジネス社の編集者だった。なぜスポーツとは縁が遠そうな出版社が駅伝の本を作ろうとしているのか。なぜ原監督であるのか。その辺りの説明から始まり、気づけば初対面から2時間以上が経っていた。
 コーヒーカップもすっかり空に。そろそろ返事をする頃合いだ。
 もちろん、こうしてわざわざ足を運んでくれて、丁寧な説明もしてくれた。箱根駅伝の名物監督である原さんに話を聞くのはエキサイティングで、断る理由はあまりない。
 それでも私には、どうしても確認したいことがあった。
 それは、本に賭ける編集者の熱意である。

 頭をよぎるのは、過去の苦い思い出だ。
 昔、20年ほど前、ある新聞社系の雑誌に人物ノンフィクションを書かせてもらったことがある。
 その方は児童文学作家で、目に障がいがあることで知られていた。全盲でありながら、いかにして温かで繊細なタッチにたどりついたのか。その半生を追いながら、人物像に迫るという企画だった。
 もう記憶はところどころあいまいなのだが、取材を重ねるうちに心が通い合い、これまで書かれてきた氏の一面とは別の顔が引き出せたという思いがあった。

 この取材の際に一つだけ、氏から念を押されたことがある。これまでも何度かインタビューを受けてきたが、ある一面だけがいつも間違って書かれてしまうという。具体的な詳細は避けるが、たしかにそれは、目を通した資料の中でもたびたび出てくるものだった。
 感動的なエピソードの一つではあるのだが、それが間違いであっては意味がない。その誤解を解き、きちんとしたありのままの姿を伝えること。伝えることを約束して、私は取材を終えたのだ。

 いわば、それは原稿の肝となる部分だった。頭に思い描いていたイメージが、実際に話を聞いて覆される。それはむしろ、取材の醍醐味の一つで、新たな一面を伝えられるという喜びでいっぱいだった。
 だが、いざ書き上げた原稿を編集者に送ると、好意的な評価とは裏腹に、驚くような修正の入った初稿が返ってきた。なんと、本人から間違いと念を押されていた記述が、そっくりそのまま導入されていたのだ。

 もちろん、すぐに抗議をした。なぜ確認もせずに原稿に手を入れるのか、いや手を入れることが問題ではない(本来であればそれが大きな一助になるから)。取材に一度も同行しなかった(と記憶している)編集者が、過去の資料をもとに手を加えるのは正しくないのではないか、と。
 もしかすると、編集者の頭の中にはこの企画を考えた際にすでにできあがった構成があったのかしれない。そこでは間違っているはずのエピソードが欠かせないピースであったのだろう。さらにいえば、ご本人の目が見えないことを軽んじてはいなかったか。
 曖昧な返答が返ってきたことに私は憤りを覚え、そこに修正を加えない限り、原稿はだせないと言い張った。(無署名にして出せば良いという話ではなかった)

 最終的には修正が通ったものの、そこでの不毛なやりとりと、募った不信感は今も忘れることができない。結局、その会社と仕事をする機会は二度と訪れなかったのだけれど、あそこで折れなくてよかったとつくづく思っている。こうした経験を再びするのだけは御免だった。

 よく、取材を受けたのにありもしないウソの話を書かれた、という人の話を聞くが、それまでは自身の取材や周囲の仕事振りを鑑みて、そんなことが本当にあるのかと疑問に思っていた。
 でも、このことを経験してから、残念ながら一部ではあるのかもしれない、いやあるのだろうと確信した。最近もこの社はねつ造記事を生み出し、わりと大きな社会ニュースになったが、社風というよりは個々の記者の資質の問題であると信じたい。

 話がひどく脱線した……。

 ようするに、このようなケースもあるから、初顔合わせの出版社との仕事には慎重にならざるを得ないのだ。その際に確認したいのは、やはり編集者の熱量である。
 どれくらい本気で本を作ろうとしているのか。妥協のない取材をする覚悟があるのか。ある程度の伴走はしてもらいたいし、原稿の襷を受け取り、また渡す過程で、気持ちが通じ合っていくのが理想である。

 当初は、駅伝についてはじつはよく知らないと語っていて、多少の不安を覚えたものだが、取材を重ねるうちにどんどん詳しくなっていき、最後まで駆け足で共に走り抜けることができた。

 そうして昨年11月末に出版されたのが、「最前線からの箱根駅伝論」というである。

 原監督にゲラを読んでいただいた際、「やっぱり自分の本を読むのが一番楽しいわ」と話されていたそうなので、まずは監督の考えや言いたいことをわりと正確に伝えることができたものと信じている。

 まだ書店にも並んでいると思うので、ぜひ興味のある方はご笑覧ください。ウソ偽りのない、名物指導者の本音が詰まっています。

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