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サラリーマンだった私が、「文春」や「Number」で記事を書き、やがて本を書くまで。♯4言葉のたすきを届けた秋

 くる、こない、くる、こない、くる、こなーい……。
 いつだって、待っているのは仕事の依頼だ。
 時間を持てあまし気味のフリーランスの心境は、ときに花びらをつまむ乙女のように女々しい。

 一方で、仕事が重なって嬉しい悲鳴を上げることもたまにあり、それがまさに昨年6月のことだった。
 青学大の原晋駅伝監督の本の執筆を引き受けたのとほぼ同時期に、今度は文藝春秋さんから書籍の企画が舞い込んだ。
 箱根駅伝を毎年生中継している日本テレビさんが、名物企画の一つである箱根駅伝「今昔物語」の書籍化を検討しているという。

 具体的には、エピソードのいくつかを拾い出し、読む今昔物語を作ろうということだった。
 これもまた面白そうな企画で、本来なら二つ返事で引き受けたいところだ。だが一つ懸念があった。はたして自分に、2冊の本をわずか数ヶ月の間に同時に書くことができるだろうかということだ。

 問われるのは、ライターとしての覚悟である。

 組織で仕事をする会社と違い、フリーランスには恃める同僚がいない。依頼を引き受けたからにはどんなことをしても書き上げなければならず、しかも良いものが書けなければ次はない。
 すでに何十冊と本を出している百戦錬磨ならともかく、私にはこれだけの短期間で複数の書籍を手がけた経験がなかった。

 さて、どうしよう。返事はすぐにでもした方が良い。
 抜き出すエピソードは80ほどになるという。
 ということは、1日1本書いて80日か……。一本当たりの原稿の文字数はさほど多くない(短いからといって簡単とは言えないが)。思い描いたのは、100本ノックのイメージだった。
 原稿用紙というフィールドに立ち、練習ではない本気のノックを受ける。もしすべて受け止めきれれば、ライターとしての地力は確実に上がるだろう。成長できるなら、やるしかないではないか。

 「わかりました。ぜひやらせて下さい」

 そう言って、かつてない多忙な夏が幕を開けた。
 まず原監督への取材は、計4回に分けて行われた。
 相模原の陸上部寮で2時間ずつ話を聞くこと2回、合宿中の方が時間が取れるとのことで、お盆に泊まりがけで菅平高原へでかけ、そこでも2度にわけて話を聞くことができた。もちろん、練習や合宿所生活も見学し、指導者としての表情に目をこらしてきた。

 一方で、今昔物語の方は完全なデスクワークである。
 これまでに放送されたすべての回の映像をネット上で共有し、まずはどの回のエピソードを選ぶかで編集者と吟味を重ねた。
 日本テレビさんからも要望があり、中には1分に満たないような映像もあるのだが、ぜひといわれて追加したエピソードもある。

 今昔物語といえば、箱根駅伝に携わった人々の知られざる逸話の宝庫だ。登場人物の語り口調に人柄がにじみ、昔のモノクロ映像などが情緒を添える。100年の歴史は伊達ではなく、3分ほどの映像を見てじんわりと感動が押し寄せてくることが多々あった。

 そんな名物企画を文章にするのだ。
 私はいくつか、自らにルールを課した。
 あくまもその世界観を壊さないように、引用する言葉は映像として出てきた本人の語りのみで構成する。当然、その時代の資料を探し、できる限り読み込むが、新たな事実などは加えないよう心がけた。

 映像は本当に良くできていて、スタッフの方々が真摯に耳を傾けてきたことがよくわかる。映像と文字とでは表現方法が異なるため、一つひとつのエピソードに最善を見つけて文章を作っていくほかはなかった。
 しかも書きだし、構成、締めくくり方など、なるべく似たものがない方が望ましい。映像を見ながらの文字起こしに始まり、資料調べ、原稿の執筆まで、1本の記事を書くのに平均で3、4時間を要しただろうか。
 初校から再校、最終稿へと進むにつれて、時間はさらに必要となる。(担当編集者の方にもとにかくお世話になり、助けていただいた)

 昨年の10月頃を思い返すと、つねにパソコンと向き合っていたような気がする。
 執筆も佳境に入ると、朝の9時オープンと同時に図書館の席を確保するのが常だった。お昼ご飯は持ち込んだコンビニのおにぎりを休憩所でかきこんだ。20時頃まで作業に没頭し、足りなければそこからコメダ珈琲やむさしの森珈琲に場所を移して閉店間際まで原稿を書いた。
 思い返しても息切れがしてきそうなほど……とにかく脳と目を酷使した。(そのせいか初めて五十肩になり、想像以上の激痛に涙した!)

 まあ、ライターの仕事なんてこんなふうに地味なものである。
 著名人やタレントの方に会って取材もするが、仕事の大半は孤独なデスクワークだ。なにも卑下しているわけではなく、一文字一文字、彫刻を削るように丹念に文章を綴っていく。そこに誇りがあり、責任を果たせた喜びもまたあるように思う。

 具体的にどのような作業をして書籍に至ったのか、関心のある方向けに、別途記事を作ってみたいとも思うが、ともかくして出来上がったのが、『箱根駅伝「今昔物語」100年をつなぐ言葉のたすき』(文藝春秋)である。

 番組と同じように、寝る前に2,3遍読んで、じっくりと余韻を楽しんでいただきたい。そんな思いで文章を綴ったのだが、はたしてうまくいっただろうか。
 なお、正確に言うとこの本は共著であり、序章、コラム、座談会以外の、80のエピソード部分を私は担当させていただいた。
 泥まみれ、汗まみれになってつないだ、100年分の言葉のたすきである。

 こちらも機会があれば、ぜひご味読ください。

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