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小説『8時33分、夏がまた輝く』

小説「8時33分、夏がまた輝く」
三月のパンタシア「いつか天使になって あるいは青い鳥になって アダムとイブになって ありえないなら」OP / 「恋はキライだ」ED


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 午前10時ちょうどを示していた針が、すっと動いた。
 窓から差し込む夏の陽が、じりっと肌に滑り落ちる。じんわりと汗が噴き出してくるのを感じながら、耳に入ってくるあやふやなメロディの鼻歌に、私は少しイライラしていた。

「悠ちゃん、そろそろ買い出し行かないと」
「待ってー。まだ日焼け止め塗ってない」

 悠ちゃんは肩につくくらい伸びた髪をひとつに束ね、その真っ白なうなじにのんびりクリームを伸ばしている。
 ヘアゴムの宝石を模した女の子らしい飾りが、陽の光を受けてきらりと光る。
 私は聞こえない程度の音量で、小さく息を吐いた。開店は11時。あと1時間を切っている。

「大丈夫だよ、葵ちゃん。スーパーまでの近道、教えてあげる」

 そう甘えた声で言い、悠ちゃんはにっこりと笑った。
 令和元年。
 17歳、夏。
 夏休みはまだあと一ヶ月も残っている。果たしてこの子とふたりでうまくやっていけるだろうか……。と私は早々に雲行きのあやしさを感じていた。

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