どんなときも

どんなときも
どんなときも
僕が僕らしくあるために
「好きなものは好き!」
と言える気持ち、抱きしめてたい

「どんなときも」槇原 敬之

この超有名なワンフレーズ。誰もが一度は聞いたことがあると思う。

この曲を聴くたびに、好きなものを好き!と言える自分でいようって、いつも思わせてくれて、自分の心が前を向ける。

大人になると、自分の感情に蓋をして、自分を騙しながら、無意識に生きていることが増える。

現実的に厳しいと思ったり、周りの目を気にして、
好きなものさえ「好き!!!」と言えなくなるし
欲しいものさえ「欲しくない」を通り越して、「(本当は欲しいけど金額的に高いから)要らない!」なんて言ってしまいがちになる。

自分の本心をどこかに置き忘れてこなければ、やっていけないこともきっとあると思う。

私も、独立してから、辛い・苦しい・きついとか弱音は言わなくなった。スイミングスクールのコーチとして働いていた頃は、JO(全国大会)で思うような結果が出なければいつも悔しくて泣いていたし、最後の方は自信も無くなって試合が怖かった時もあって、その度によく泣いて誰かに弱音を吐いたり、愚痴ったりしていた。

そんな弱虫で泣き虫な私だったのに、一切悔しくても泣いたりしなくなった。泣いてもお金は動かないことを自分が一番よく分かっていたから。

自分が泣いている暇があるくらいなら(悔しいとか辛いと思っている時間があるなら)働け!!!って自分に言い聞かせて必死に生きていた。自分でビジネスを作るなり、仕事を得るなりしない限り、明日のご飯もないってくらいの時期も実はあったから。

それでも、respectできない上司のご機嫌を取りながら、駒として企業で働いて、毎月給料日に一定のお金をいただくことよりも、自分で自分の人生を人生を切り拓いていくことの方が私にはあっていた。

誰かに決められたわけでもなく、これは自分で選んだ道だったから、全て自己責任で生きていたし、それが私的にも良かった。

シンプルじゃん。

人のせいにしない代わりに、全部自分のせい。上手くいってもいかなくても全て自分で責任を取る。

そうなってくると、自分の感情に振り回されていられるほど余裕なんてなくて。感情に蓋をする・・・というより、感情を無視して生きていた。

悲しい、辛い、苦しい、キツイ、寂しい・・・とかには目を向けないようにした。そういう感情を自分が抱くことで、自分が崩れる気がしていたのかもしれない。
だから、独立してから、どんなに辛くても苦しくても誰にも弱音は言わなかった。言いたくなかったし。

「自分で決めたんだから」って思えば思うだけ、
そういう感情を抱く自分を認めないというか、無意識に無視していたのだと今は思う。見て見ぬふり、気づかないように。もちろん、「楽しい」「嬉しい」の感情はちゃんとあって、そっちを大事にして生きていたのもある。

独立してから、一年ちょっと経って、やっと少しずつ、仕事も軌道に乗り始めた時に映画を見にいった。

なんの映画だったかは忘れたけど、良い映画で感動したのに全然涙が出てこない。周りにいた観客は結構泣いていた。

この時に、「これはヤバい」と気づいた。

私、感情をどこかに置き忘れてきたのかもしれない・・・と。

それから、「感動する」ことを意識した。

「感動しない者に、他人を感動させることはできない」って言葉が脳裏に浮んだから。これは、仕事上、問題だと思った。レッスンにしても、セミナーにしても、人の心を動かすことが私の仕事であり、やりたいことだ。

それなのに、自分の心が動かないというか、感情がそこに乗っかっていないというのはまずいんじゃないかと結構真剣に悩んだ。感情無くして仕事してます・・・って言えるほど、その時の私は強くなかったから、誰にも相談はしなかった。

とにかくいつにも増して、映画やドラマを見るようにした。
今度こそ感動が大きければ泣けるんじゃないか?なんて期待を抱いて。
涙が出ない=感情がなくなった?と表現することが適切かは分からないけど、当時の私はそう解釈していた。

だから、自分の感情がちゃんと戻っているか?戻るのか?を知りたくて、やり方が合っていたかはわからないけど、できるだけ映像で感動するものを積極的に見るようにした。

感情をどう取り戻すか?・・・みたいな、ある意味実験を日々やっていた。
胸がキュッと締め付けらることはあっても、なかなか泣くことはなかった。

それから数ヶ月後。

silentというドラマに出会う。

これを見たきっかけや深い理由とかは、特になくて、お母さんが目黒蓮くんのファンで当然のようにsilentを見る流れだった。

だから、最初から絶対に見るぞ!!とか私が意気込んでいたわけではなく、我が家では【木曜日の10時はsilent】という暗黙の了解的な感じだった。

私も面白そうだし、見てみよう!って感じで。大体、ドラマって初回をみて、次回もみようってなるか、ならないかだったりもすることが多いから、初回で心を鷲掴みされるほど感動して切なくて泣いたから毎週見るのが当たり前になっていった。

そう、久々に感動して、というか映像を見て泣いた。

silentを見ていた人はわかると思うけど、特に序盤では、毎週ラスト10分で一気に号泣させられたよね。私もそうだったの。毎週木曜日は泣いていた。

第一話で号泣した夜、私の感情が戻ってきたことを感じて嬉しくなった。
わたし、感動したら涙出る機能が戻ってきたみたい!!!って思ったのを覚えている。

ちょうどこの頃、少しずつ自分の好きなものに「好き」と言える自分が戻ってきた時期でもあった。

感動しても泣けなくなっていた頃は、自分が好きなコト・モノ・ヒトにも「好き」と言えなくなっていた。そういう「好き」という感情にすら蓋をし始めていた。周りの目を気にしていたなと思う。

ある時、

私が生きている人生は、誰の人生なのか?

と疑問に思った。

私ではない誰かがジャッジした「良い」「悪い」「正解」「不正解」を気にしながら生きていくのは、窮屈でつまらないなと。

誰かの基準で勝手にジャッジされてあれこれ言われたくないから、私は発信をしないようにしてきた。特に水泳のことは絶対に発信しないと決めていた。

泳ぎやテクニック・スキル・トレーニングなんて発信したら、お前ごときが偉そうに喋るなと言われるんじゃないか?とか、
その理論は間違っているとか、その教え方は良くないとか否定されるのが嫌だったし、めんどくさいと思った。業界には色々な考えの人がいるし、そういうことを考えた時に、やらない方が精神的に楽だったから絶対に水泳の話はSNSではしたくないと思っていた。

別に、自分の指導に全く自信がないわけではなかったけど、SNSで自分の考えを言語化できるほどの自信がなかった。そして、私はその自分の弱さにずっと目を背けてきた。

今後、水泳の話をどれだけSNSでするかは分からないけど、
これだけ水泳と共に生きてきた自分だからこそ話せることもあると思うし、「正解がない」競技だからこそ、それを前提にすれば自分も少しは発信できるなと考えた。

だから、これからはここでも水泳の話をすると思うし、思っていることをどんどん発信していく。

最後に。
私が自分を見失いそうな時に、自分が何だかよくわからなくなる時に
槇原敬之の「どんなときも」を聞くようにしている。
この歌が好きになったのは、多分小学4年生くらいの時だった。
TVで音楽番組を見ていて、好きになってCDのアルバムを買って聞いた気がする。

冒頭にも書いた歌詞の一部にある、

どんなときも
どんなときも
僕が僕らしくあるために
「好きなものは好き!」
と言える気持ち、抱きしめてたい

っていうワンフレーズにいつも「ハッ」とさせられる。

どれだけ不安があっても、辛くても、忙しくても
自分の中にある「好き」だけは大事にしようって、この曲を聴くと自分と約束できる。

誰がなんと言おうと、自分の「好き!」だけは大切に、大事に生きていこう!!周りの人からのジャッジを気にして生きていられるほど、人生って長くないから。

辛くても、苦しくても、自分の好きなものだけは見失わずに生きること。
何が好きか分からなくなったら、嫌いなものでも書き出して、その反対が好きなのか?とか考えてみればいいじゃん。

私も自分の感情を出すことが、本当はあまり得意ではないし、
20代後半から本音もあんまり言わないで無難に、衝突を避けるように生きてきちゃった。もう、傷つきたくなかったし、嫌な気分になるのが何より嫌だったから。自分さえ我慢すれば済むなら、その方が楽だったの。

でも、そんなことばっかりやっていたら、感情をどこかに置き忘れてきちゃって、本当に大変だった。でも、もっと自分の感情に素直に生きていこうって今は思うし、辛い時は辛いって泣けることこそ強さなのだと最近は思う。

まだまだ、自分の弱さを全面にさらけ出せるほど強くはないけど、私もこんな過去があって、それを今は少しずつ乗り越えようとしているってことを伝えたくて今日は書いてみました!

自分の好きなこと、なんだろう?って考えてみるのもいいよね!
そういうの考えるの楽しいじゃん!

だから、疲れてしんどい時こそ、自分を労ることを大事にして
これをしたら幸せになれるかも?
自分の心がhappyになるかも?
って思うことを私は積極的に選択してる!

4月も今日で終わり!一ヶ月、お疲れ様でした!
新しい環境や慣れない場所で頑張ったみなさん、本当によく頑張ったね!
帰りに、ビールでもスタバでも自分の好きなものを買って帰ってね!
今日の帰り、何買おうかな?って考えながら生きてるだけでも結構幸せになれるよ!

いつも、自分の心にだけは嘘をつかず、誤魔化さず、正直に、そして素直でいましょう!!


それでは、good-by!!

Mina37

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