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小説『サラブレッド』

「オニイサンってさ、なにしてる人?」
「え、オレ? 警察」
「ふーん、いい身体してると思った……。あれ、アタシって、逮捕されちゃうの?」
「なんで? なんにも悪いことしてないだろ?」
「そうよね。あ、でもコレって、御金貰ったら売春よね」
「じゃあ、御金上げないから」
「……え、ソレはヤダ」
「逮捕して欲しいの?」
「そうじゃないけど……あんまり明るいところで見たら恥ずかしい。嫌でしょ。臭うでしょ」
「いいじゃない、臭うの」
「自分でもさ、夏とか短パンで床に座ってて、立膝とかで、臭うもん。……あたしね、お巡りさん、ソコあんまり感じないんだよね」
「そうだよな。濡れてないし」
「お巡りさんだったらいい。カッコいいし。御金くれなくても。優しいし。……ちょっと目付き悪いけどさ。職業病ってやつね。……なんでソコばっか触るの?」
「好きなんだ。女の人のココ」
「やだ。変態」
「普通だろ、それって」
「でも、ソコばっかり。もう、見ないで!」
「待って、待って!」
「……なに、ソレ? いい匂い」
「キミが濡れてないからさ……」
「なに? ヤダ、冷たい! なに、ソレ?」
「ただの蜂蜜だって。ほら、ちょっと舐めてみて」
「ああ、甘い! こんなに甘いんだ」
「高級品だからな。これは巣蜜と言って、蜜蝋で作られた巣に蜂蜜が入っているんだ」
「なんだか分かんない」
「……あれえ、キミ、なんで今頃こんなに濡れてくるわけ?」
「だって、なんか蜂がいっぱい来て、アタシの中で動いてるみたいで、超気持ちいい。……お巡りさん、なに考えてんの? ……さっさと入れて」
「キミな、ちょっと若過ぎるだろ、幾つ? オレ、分かるんだ。ココの匂いで」
「十八」
「嘘つき。ほんとのこと言って」
「あのさ、お巡りさん、オンナって人生で一番やりたい盛りって十五なんだって。もったいないじゃん、我慢してたら。それにさ、昔から偉い将軍って、そのくらいの年のオンナと結婚したじゃない。だからそのくらいの年のオンナが一番オトコにとってもいいんだよ。ロリコンだからさ、日本のオトコは。歴史的に」
「そんなことないぞ。オレはもっと上が好きだぞ」
「幾つくらいとか?」
「二十五前後とか」
「ババアじゃん、そんなの! 早くやって。やってくれないと、アタシここ出て走って一番最初に来たオトコと道端でやるから……。アタシとやって、しっかりちゃんといかせてくれたら誰にも言わないし。アタシなかなかいかないから。アンタのものだってそんなんなってんじゃない、ソレどうするつもりなの?」
「……なにしてんの?」
「巣蜜。アンタのものにも塗って上げる。気持ちいい? こないだオトコに言われたけど、オトコにはもう後戻りできない、って地点があるんだって……。アンタのもの美味しい、甘くて、大きいし」
「そうだな。確かに後戻りできない、って感じだな」
「じゃあ、アタシの言う通りにして! アタシなかなかいかないから。アタシの感じるスポット当ててみて……」
「……あれえ、キミ、なんで、急に大人しくなんの?」
「だって、上手いから、お巡りさん。うーん、そう、そう、アタシ、背中が感じるの。どうして分かるの?」
「でもオレ、やっぱあんま若い子は苦手だな」
「ちょっときつめに抱いて。アンタの胸の筋肉、アタシのオッパイにくっ付けて。汗いっぱいかいてるね。気持ちいい……ね、お巡りさん、なんでそんなにババアが好きなの?」
「ちょっと緩んでくる感じがいいんだ。それからソレで、ちょっと締められたらもう堪らんな」
「ちょっと緩いのがいいんだ。じゃあさ、さっきの蜂が飛ぶやつ、もっとアタシに入れて」
「……」
「なに考えてんの? 早く入れて」
「キミの中から蜂蜜が漏れて、俺、こういうの堪らないんだ」
「アタシはね、今夜オトコに入れられないうちは死ねないんだから」
「言ってることが滅茶苦茶だぞ」
「じゃあさ、お巡りさんの今までやりたかったけど、できなかったセックスっていうのを、アタシがやってあげる」
「そのセリフって聞いたことあるぞ、ウディ・アレンの『マンハッタン』だ」
「お巡りさん、結構学があるんだね。ソレ言ったのマリエル・ヘミングウェイ、好きなんだ。作家のヘミングウェイの孫の女優さん。綺麗な人。じゃあ、お巡りさんが、十八才のイノセントな女学生をラブホに連れ込んでやるところとかは?」
「ソレってそのまんまじゃないか、キミは全然イノセントじゃないけど。……キミ、化粧が上手いな。それじゃあ、すっかり騙されるよ」
「サンクス。じゃあさ、アナタのソレがまだたってる間にさ、アタシをいかせられるかやってみて。アタシなかなかいかないからさ。凄いことだよ。できたら。問題はね、角度とスピードとどこまで届くかということ」
「随分、物質的なんだな」
「そりゃそうよ。セックスをなんだと思ってたの?」
「それより多少は浪漫があると思ってたよ」
「じゃあ、アナタの夢のセックスって?」
「……昭和の初期くらいでさ、綺麗な御嬢さんがいるんだけど、親の持って来る話には乗って来ないんだ。もう二十四くらいなのに。着物をキチッと着てさ、帯がキュッと上がってさ、ちょっとこう髪なんて風に乱れて、御茶室に座っていると、ガタイのいい使用人の男がサラブレッドに乗って颯爽と現れる。そして御嬢さんを庭からこっそり覗く。二人は同じ家で育って、でも身分が違うから、この世では添い遂げられない……。って、つまんない?」
「そうでもない」
「そしたら、ある日、男が庭を歩いていて、蜘蛛の巣にかかった蜜蜂を助けてやるんだ。蜜蜂の大群が来て、御嬢さんと男を天上に連れて行って、それでめでたしめでたし」
「それのどこが夢のセックスなの?」
「そこから先はまだ考えてないから。なんでかって言うと、蜜蜂が蜘蛛の巣にかかるかな、でっかいから捕まったりしないで逃げられんじゃないかな、って考えてると、そっから先に進めないんだ」
「ふーん、そうなんだ。アタシが携帯で調べて上げる……」
「……え、え、そうなの? 蜂もやられるんだ。蜘蛛ってそんなに獰猛なんだ」
「ねえ、ねえ、お巡りさんってさ、やっぱ大変?」
「オレなんかな、警察学校で、お前は見てくれがいいから護衛官になれ、と言われて」
「なにソレ?」
「あれだよ、パレードとかで、皇室とかの護衛の。馬に乗ってたんだぜ。馬なんて乗ったことないのにさ。馬に何度も落とされてさ、そしたら教官に、遊園地のポニーに乗ったことぐらいあんだろ? って聞かれたけど、なかったんだよ、オレ。馬に乗ったこと一度も」
「凄いね、テレビとかにも映るの?」
「いつもオレの顔ばっかアップになるんだ。親は喜んでたけど。親戚も。でもオレ、犯人逮捕がしたくて。カッコいいじゃん、手錠掛けてさ。逮捕する! なんて。護衛してても犯人逮捕なんて、相当滅多にしかないだろ? 天皇陛下万歳三唱、なんて柄じゃないしさ」
「皇室の人と喋ったことあるの?」
「ねえよ、そんなの。あの馬さ、サラブレッドでさ、競馬で名馬だったのが天下りして来てるんだ。あいつら競馬でチヤホヤされてたから、オレのことなんか最初から馬鹿にしてんだ」
「心配しないで、アナタもサラブレッドに負けないくらい、いいもの持ってるから」
「それからオレ、嘆願書を連発してさ、惜しまれて移動。やっとサラブレッドにもさようならさ。もともと工学系が得意だからさ、今はコンピューター犯罪とかそういうやつ」
「へえ、カッコいい! 犯人逮捕した?」
「した、した!」
「すごーい。……もっといっぱい垂らしてあげるね。もう後戻りできない感じになるまで。どの辺が感じる? 下の筋のとこ? 上の溝のとこ?」
「全部」
「じゃあ、そうしてあげる。蜂蜜甘くて美味しい! べとべとしてるけど」
「じゃあ、さっきの続き」
「なんの?」
「蜂が蜘蛛の巣にかかって、男が助けてあげる。女王バチが飛ぶんだ。それを雄バチが追って空中で交尾をするんだ。ちなみに、働きバチって全部雌なんだ。雄バチっていうのは、セックスするためにだけに生まれて来て、他にはなにもしないで、生まれて死ぬんだ」
「だったら人間のオスだってそうじゃない? セックスするためにだけに生まれて来て、他にはなにもしないで、生まれて死ぬんでしょ?」
「そんなことないだろ?」
「ほら、だってアンタの、少し小さくなってきた。さっきの続き考えて。アンタの夢のセックス。女王バチの飛ぶやつ……」
「そんなことより、もっと他にやりたいことがあるんだ。携帯で撮ったんだけど」
「なにこれ、馬?」
「さっき、どんな体位でもやらせてくれるって言ったじゃん」
「馬のセックスすごい! あそこ長くて、え、あんなに奥まで。え、これ観ながらやりたいの?」
「いいだろ? そのサラブレッドさ、教官がいる時はやらないんだ。俺だけの時にやるんだ。馬鹿にしてるだろ?」
「結構、難しそうじゃない、これって」
「そんなことないって」
「やったことあんの? ……え、あるんだ。変態!」
 
 
 風がこんなに暖かい昼間、使用人の男は御茶室に佇む御嬢さんを盗み見る。苔むした庭では、足音はしない。小さな頃はあんなに一緒に遊んだのに、今は側にも寄れない、話もできない。躙り口から見える、あの静かな手は俺が握って一緒に歩いたあの手。なんにでも怖がって、よく泣いていたね。
 木漏れ日に光る、代々伝わる御茶の名器。なんだろう? 低く規則的に唸る音。蜜蜂が蜘蛛の巣に捕らえられている。獰猛な蜘蛛が蜜蜂にゆっくり迫っている。こんなに太った蜜蜂でも蜘蛛にやられるんだ。男は履いていた草履を脱いで、巣を破壊する。蜜蜂は空へ駆け上がる。可愛い触覚を振って、男にありがとう、と伝えながら。
 
「助けて頂戴」
縁側で雑巾がけをしていた男に、御嬢さんは透き通った手を差し伸べた。
「私は他の者と結婚するのは嫌」
「御嬢さん、俺の汚れた手に触ってはいけない」
「御願い、私と心中してください。貴方を想ったまま、嫁ぐことはできない」
見合いをしたということは聞いていた。二人の周りを飛ぶ者がいる。黄色と黒のストライプがある。うるさい羽音がする。いつか助けた蜜蜂に違いない。触覚をばたつかせて男に、こんにちは、の挨拶をする。蜂の数は次第に増えていった。大群だ。男は蜂の出て来る先を探す。松の木に巨大な蜜蜂の巣が掛かっている。昨日、庭木を切った時、あんなものはなかった。
 一晩であんなに大きな巣を作ったというのか。蜂は御屋敷中を飛んで、家族や使用人にたかって、動けないようにしている。男と御嬢さんは、手を繋いだまま宙に浮き始めた。膨大な数の蜂に持ち上げられている。みんなで縁側から空へ向けて旅をする。二人はきつく抱き合う。
 とうとう天上に降り立つと、雲の上に御釈迦様がいて、二人を祝福する。大勢の天使に囲まれた二人は御殿に導かれ、二人の想いは遂げられたのだった。
 
 
「なんで御釈迦様なの?」
「なんだったらいいの?」
「マリア様とか、大天使ミカエルとか、ガブリエルとか。天使が出て来るんだったら、天使の親分の方がいいでしょ」
「そこのところは重要じゃないから、なんでもいい」
「いい加減ね。でも、昭和の話だったら、御釈迦様も合ってるかも」
「じゃあ、御釈迦様で決まりだな!」
 
 
 雄バチは全部で十五匹。空を猛スピードで駆け抜ける。今日がその日だ。女王バチを捕まえるんだ。あんまり御天気がいいから、雄バチの黄色と黒のストライプが鮮やかに見える。今まで蜜蝋でできた巣の中に潜んでいた彼等には、自分達の美しさは驚きだった。みんなで笑いながら御互いを突き合った。自由に空を飛ぶ楽しさに酔っていた。宙返り、ジグザグ飛行、飛行機雲で空に巨大なハートを描いた。
 十五匹の雄バチ達は自分の運命を知っていた。数千匹の中から選ばれた精鋭、サラブレッドだ。女王バチが巣を出て、飛行するのが見えた。雄バチは後を追う。女王バチにとっても、雄バチにとっても、これが人生、最初で最後の飛行だ。神様が創った、美しい雄バチ。十五匹争いながら、飛ぶ女王バチを追い、背後から腰を掴むと、性器を差し込む。雄バチ達が幸福の絶頂で起きた、運命のできごと……。
 交配を終えた雄バチは、地に落ちて絶命する。それが彼等の運命だった。空中の交配は続けられ、雄達の精子を充分受けた女王バチは巣に帰る。膨大な数の卵を産む準備に入る。受精し損なった雄バチは、雌バチによって嚙み殺される。
 
 
「オンナって残酷だな!」
「もっと他に面白いのないの?」
「オレの携帯いじるなよ」
「なにこれ?」
「これか、イルカのセックス。いつか水族館に行った時、偶然撮れたんだ。凄いだろ?」
「水の中ってやりにくそう」
「雄も雌も必死だからな」
「アンタには動物を性的に興奮させる、特殊な能力があるんだね」
 
 
 赤紙を見た時、母は泣き崩れた。十七年間、大事に育てた一人息子だ。母は絶望の中で、気丈に息子を見送った。
 菊の紋が描かれた盃に酒が注がれた。これを頂くと、次に何が起こるか彼等は知っていた。Kamikazeと呼ばれた勇気ある兵士達。日の丸の鉢巻を額に固く結び、世界を震撼させたMitsubishi Zeroに乗り込む。目指すは暖かい風の吹く楽園、Pearl Harborだ。その日は日曜日だった。楽園に住む人々はキリスト教の安息日を楽しんでいた。Suicide attacksは突然やってきた。
 説明できない高揚感が彼等を包む。KamikazeとしてHirohitoのために玉砕する高揚感だと思っていた。海軍は、若きKamikaze達に意識を覚醒させ、不安感を無くす特別な薬C10H15Nを与えていた。軍のできるせめてもの情けだった。
 母船から15機のZeroが一斉に飛び立った。操縦桿を握るのは、空軍で特殊訓練を受けたサラブレッド達だ。規則的なプロペラの音は、雄バチの飛行する音に酷似していた。標的は何度も確認した。絶対失敗はできない。
 最後に彼等が叫んだのは、Hirohito万歳! ではなかった。彼等は母を呼びながら、若過ぎる命を、見知らぬ南国に散らせた。
 
 
 
(了)
書き下ろし
2/26/2024


ネムレヌはnote内の創作サークルです。三月末締め切りのテーマは「蜜蝋」




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