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残暑の卒業式

あなたと出会ったとき、わたしは息を止めた。何度もあなたの前を通り過ぎた。通り過ぎては戻り、じっと見つめて立ち去り、けれど惹かれてまた戻った。
北の街でのことだった。
あれからずっと一緒に暮らしてきた。
もうあなたとはお別れしなければならないのかもしれない。あなたはずっとここに居るけれど、一緒に出かけなくなって久しい。
あなたは見た目にはまだ大丈夫そうだけど、なんならヴィンテージの風格を見せているようだけど、内側はもうボロボロだ。
もう手放してあげなきゃいけないんだろう。

もしかしたらあれが最後の旅だったのかもしれない。
地元の友人としては唯一連絡を取り合っている幼なじみと呼べるような友人の、心待ちにしていた結婚式に、呼ばれていたにもかかわらずコロナ禍だから東京からは来てくれるな、と言われてしまったことはショックが大きかった。大きすぎた。
ヤケクソで旅に出た。結婚式があった街まで。
ひとり旅はそれまでにも何度も行っていたけど、旅先でひとりでレストラン飲みしたのは初めてだった。ワインの飲み比べセットを頼んだら、普通のグラスで3杯出てきてどうしようかと思った。おいしかった。
次の日、修論書くときにお参りした神社まで歩いて行き、修論なんて10年以上前に出したのに、お礼を言った。
やけにテンションが上がり、戦国期の城館の痕跡を確認しようと土塁にのぼった。
あなたはずっとそばにいた。
あなたはフィールドワークには乗り気じゃなかっただろうけど、黙ってわたしを守ってくれた。
太宰も通ったという温泉銭湯にも一緒に行った。
一緒に歩いてくれたから、友人に対するわだかまりも解くことができた。

あなたは、いまやわたしの院生時代を知る唯一の存在なのかもしれない。
あのころを支えてくれたワードローブはすべて入れ替わっている。
あなたはあの頃のわたしの「好き」をすべて引き受けてくれた。わたしの「なりたい」を叶えてくれた。
東京に来てからの10年間のうち、あなたと出かけられた回数は多くないけど、あなたはわたしの精神安定の役割も果たしてくれた。
履きたい靴に出会えないわたしにとっての砦だった。

でもいまは、大丈夫。
心からそう思えるから、わたしはあなたから卒業します。
いままでありがとう。

ろくに手入れもしなかったのに、ほんとにいい色。

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