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#文披31題(未完)|140字小説

#文披31題で書いた、すこしふしぎで、すこしさみしい連作。未完。

Day1『傘』
世界中で雨がふって大地にしみていつか海にかえってまた空にのぼるのなら、この世から消えてなくなれる水がないのならいつまでも涙は枯れなくて、僕の傘をうつ雨もたぶんだれかの涙です。ひとつぶか、ふたつぶか。これからそういうはなしをしようと思う。傘からこぼれたひとしずくのようなおはなしを。

Day2『透明』
最終戦争で人間が死に絶えて、奇跡的に二人が生き残ったがあいにく二人とも透明人間だった。実は意外と近くに、たとえば教室の前とうしろの席くらいの距離にいるのにお互い透明だから気づかずに、疲れ果ててそろそろ死のうかと思っている。ひどい悲劇のようだけど、こんなことは戦争前にもよくあった。

Day3『文鳥』
生まれ変わったら文鳥だった。どうせなら片思いのあの子に飼われたかった、見知らぬ飼い主でなく。逃げ出す機会は一度あったが、この翼で彼女の街まで飛べるか迷い、籠に戻って餌を食べて寝た。だから片思いだったんだなあと思い出した。嫌悪と怠惰で腐りそうな僕を飼い主は宝物のように見つめてくる。

Day4『触れる』
エスパーなんてそんなに良いものじゃない。人に触れるとその人の感情が勝手に頭に流れ込んでくる。怒りは脳に釘を刺されるようだし、悲嘆は瞼の裏が燃えるように冷たくなる。だけど何より怖いのは、触れてもただ空っぽで、何も聞こえてこない人だ。茫漠ぼうばくとした永遠の耳鳴り。そんな人が最近増えている。

Day5『蛍』
野生の蛍が絶滅して久しいが、このたび蛍のクローンの生産に成功したという。ネットニュースで見かけた蛍は、紛い物だと非難を浴びながら、仕組まれた本能に従って光り飛び、命を繋ごうとしていた。いいじゃないか、紛い物でも。クローンでない生き物なんて、僕らも含めてもうほとんどいないんだから。

Day6『アバター』
傘をさした僕のアバターの周りに、透明人間がやって来て、文鳥がやって来て、エスパーが、クローンがやって来て、身の上話をしては去っていく。僕のアバターは壊れてしまって、仮想空間から動けないままノイズの雨に打たれている。制御を失った僕は不自由で、自由に見えた。雨はまだやまないみたいだ。

Day7『酒涙雨さいるいう
酒涙雨をテーマに、短冊に140字小説を書く。そして短冊を笹に掲げると140字小説は星になり、あるいは雨になり、七夕の夜を彩るという仕掛け。今のところ、織姫と牽牛けんぎゅうの悲恋を下敷きにすると雨になる確率が高いようだ。お世辞にも達筆とはいえない文字でしたためた僕の物語が空に昇っていく。よい夜を。

Day8『こもれび』
こもれびの感触で目が覚めた。瞼越しに光が揺れている。僕は病気で、目も開かず体も動かず、ただ永いこと眠りながら命だけを繋いでいる。先日看護師たちが僕の枕元で、人工風だとか人造太陽の話をしていた。目覚めたらもう僕の知る景色はないのかも。同じ世界が、明日も明後日も続いている保証なんて。

Day9『肯定』
肯定は天に撒き、否定は捕まえて地に落とす。そうして繰り返していればいつか天に美しい星が満ちるはずだったのに当てが外れた。肯定に溺れた星は輝くことに飽き、否定の汚泥に塗れた大地からは悲鳴のような産声とともに新たな光芒こうぼうがさそうとしていた。世界創造はままならない。清濁混ぜてつくり直す。

Day10『ぽたぽた』
言葉狩りによって○○○○という擬音語が使用禁止語になって暫くたつ。微妙な音の差異を表現できないもどかしさは、例えるなら胃に芋虫が這うようだ。僕の世代でかなりの数の言葉が狩られ、息子は最早○○○○を知らない。同じ傘の下、隣で雨音を聴いていても、彼のうたう雨は僕の知る雨ではないのだ。

Day11『飴色』
飴色の雨なんて冗談みたいな天候が当たり前になって、飴色は様々な有毒物質が混ざった色だから雨の日は当然外出禁止だ。飴色の雨はべったりと重く、乾くとパリパリひび割れる。雨上がりの街は琥珀に閉じこめられた虫みたいに大人しくて好きだな、なんて誰にも言えないから、僕も虫のように黙っている。

Day12『門番』
誰も訪れない最果ての地で魔王城への門を守っていた門番がとうとう息絶えたころ、旅立つはずだった勇者の僕はいわゆる高齢引きこもりで、死んだ門番は僕の行方知れずだった実父で、僕が戦って倒せば洗脳が解けて正気に戻るはずだった。そんな真実は神様しか知らなくて、僕は幸福でも不幸でもなかった。

Day13『流しそうめん』
誰にも参加してもらえない流しそうめんみたいな奴だな、以上の罵倒を僕は知らない。痛いぼっちの最上級だ。僕をそう定義した元級友は自身を『みんなほしがるピンクのレアそうめん』と評していて実際そんな感じだが、最近は取り残されて桶に落ちたそうめん感が増していてだからまだ辛うじて友人でいる。

Day14『お下がり』
お下がりのお下がりのそのまたお下がり、くらいが僕の立ち位置。タグも切られてくたくたで、いらなきゃ捨てるだけの気軽な存在。そんな人生だから不要になった物も同病相憐れむ感があって捨てられず、お前も頑張ったなぁなんて撫でてしまう。困るのは、僕がこんな僕をわりと気に入っているということ。

Day15『ほどく』
指先の糸が一本解けていた。引っ張ったらするする伸びて、指先がなくなってしまった。慌てる僕をみかねた彼女が糸を紡いで魔法のように編み直していく。さりげなく赤い糸を混ぜているのを、可愛いな、と思う。解かれてなくなる僕と、彼女の手で編まれていく僕。完成した時、僕はどっちにいるんだろう。

Day16『レプリカ』
僕のレプリカが高値で売れてゆくのを黙って見ていた。行商人のおばさんは上機嫌で、お前はいい子だねなんて笑っている。売られたレプリカはその人生を物語として消費され、一時の慰めを与えたら捨てられる。いつか僕を、それなりに懸命に生きているどれかの僕を、心に住まわせてくれる人がいたらいい。

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