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新刊「慶喜の本心」が出ます

 7月15日に文庫書き下ろしの新刊「徳川最後の将軍 慶喜の本心」が、集英社文庫から発売になります。今回は前の出版から8ヶ月ぶりの新刊です。こんなに間が開くのは、ここ十数年来、なかったことで、今回は特に嬉しいです。
 間が開いてしまったのは、去年、筆が進まなかったことの影響です。打ち合わせやらパーティやらで、編集者と会う予定があると、その前に筆が進むタイプなので、ステイホームで人と会わなかったのが痛かったです。それに、ちょうど書きにくい題材を抱えていたので。もう本が出せないんじゃないかと、けっこう悲観的になりました。
 今回の主人公である徳川慶喜については、すでに司馬遼太郎の「最後の将軍」という本があります。私としても好きな作品だし、大作家とかぶるわけにもいかないので、長い間、徳川慶喜を書くつもりはありませんでした。でも今年に入って「歴史読本」の3月号で、大河ドラマがらみの渋沢栄一特集があり、慶喜と渋沢栄一の関係について書いた時に「今までの慶喜像は違うんじゃないだろうか」と気づいたのです。
 もともと渋沢栄一はバリバリの倒幕の志士だったのが、慶喜に仕えたことで幕府方に変節したと見なされています。でも、そのすぐ後に、慶喜は将軍後見職から禁裏御守衛総督に変わっています。将軍後見職は14代将軍家茂のサポート役で、幕府から命じられましたが、禁裏御守衛総督は京都御所の守備役で、朝廷からの任命です。要するに慶喜の立場が幕府方から朝廷方に変わったのです。渋沢栄一が慶喜の家臣になった時には、その役目の変更が、すでに決定していたのではないか。だとしたら栄一は変節していないわけです。
 将軍後見職も、実は慶喜自身が望んだわけではなく、薩摩藩の島津久光の押しで着いた役目でした。そんなことを考えていくと、慶喜という人は最初から最後まで朝廷方だったのではないか。もしかしたら心情的に幕府方だったことは、いちどもないんじゃないかと思い至りました。
 実家である水戸藩が徳川御三家にも関わらず、かなり朝廷寄りだったのだから、御三卿の一橋家が朝廷方だったとしても、何の不思議もありません。そもそも慶喜は、幕府を終わらせるつもりで将軍になったんじゃないか。そこまで考えた時に、私なりの慶喜像が見えてきて、それを小説にしたくなったのです。
 もうひとつ心ひかれたのが、新門辰五郎の娘で、側室だったお芳です。鳥羽伏見の戦いの後で、慶喜が開陽丸で江戸に逃げ帰った時に、お芳を密かに連れ帰ったことは、史実として認められています。そんな究極のシーンでのラブストーリーの要素も、作中に取り入れたつもりです。慶喜は有栖川宮家の外孫で、その血統に誇りを持っていた反面、渋沢栄一や新門辰五郎やお芳など、庶民が好きだったのだろうなという気がします。
 解説は、前作の「かちがらす」でも書いていただいた村井重俊さん。司馬遼太郎の担当者だった方だし、「最後の将軍」をよく知っておいでだからこそ、お願いしました。カバー絵は、ここ何作も描いていただいているヤマモトマサアキさん。とてもいい本になったと思います。集英社文庫から7月15日発売、760円+税。

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