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グレタ・リーに恋をする。アジア人大人女性のための”私的な”映画「パスト ライブス/再会」

北米での封切はわずか4館というスモール・スタートから、アカデミー賞ノミネートまで駆け上がったシンデレラ映画「パスト ライブス/再会」。韓国系カナダ人のセリーヌ・ソン監督による自伝的物語は、自立したアジア人女性たちにとって、きっと”私的な映画”になるに違いない。

「パスト ライブス/再会」日本版ポスターより。©Twenty Years Rights LLC. All Rights Reserved.

ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソン。ふたりはお互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れになってしまう。12年後24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を歩んでいたふたりは、オンラインで再会を果たし、お互いを想いながらもすれ違ってしまう。そして12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた。ヘソンはそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れる。24年ぶりにやっとめぐり逢えたふたりの再会の7日間。ふたりが選ぶ、運命とはーー。

「パスト ライブス/再会」公式サイト

12年ごとに綴られるノラとヘソンの交流、縁(イニョン)や運命の概念はとても東洋的だ。ノラはそれらを大切なものとして扱うけれど、振り回されはしない。自分の人生を自分で選んで歩んでいく。そんなノラがあまりにも魅力的すぎて、この映画を観終わるころ、ノラを演じるグレタ・リーに私はすっかり恋に落ちていた。

この映画のストーリーとほぼ同時期、2010年代のはじめ、当時20代前半だった私はカナダにいた。日本を離れて”アジア人の外国人”として過ごした。

知人の中には現地で結婚して移住した人もいるし、帰国して新たなキャリアを歩み始めた人もいる。現地の人と結婚したからと言って自動的にグリーンカード(永住権)が下りるわけではない(たしか)と聞いた時は「移住ってめっちゃハードル高いんだな…」と切に思った記憶がある。
ノラがNY在住の作家と若くして結婚した理由を「グリーンカードが欲しかったのもあって」と言った台詞はとてもリアリスティックで説得力にあふれている。

しかし、この映画の宣伝フレーズには「ラブストーリー」の文字があることも忘れてはいけない。グリーンカードのためだけに戦略的に結婚を選んだわけではなく、ノラが夫を見つめる目にはたしかにちゃんと、愛がある。

この映画には”大人のためのラブストーリー”の要素がある。けれども一方で、”自立したアジア人女性たちの私的な映画”としての主題もあわせ持っている。
ノラは一貫して、「自分がどこで何をして生きていきたいのか?」を選んで生きているからだ。

最初の、韓国からカナダへの移住こそ自分の意志ではなく親に連れられてのものだったが、カナダ国籍を取得していたであろう24歳の彼女がアメリカ・NYに拠点を移したのは、演劇やエンタメの都で劇作家として活躍したいという野心からだろう。アメリカ人の夫と結婚したのも、相手への愛と同時に、「アメリカで仕事を続けていくんだ」という決意もあったに違いない。

一度しかない自分の人生を、自分で選んで歩んでいる。しかも、自然体で。過度に着飾ったり強いメイクもせず、キャリアのために男性に敵意を向けることもない。こんな風にレジリエントなアジア人のヒロインが出てくる映画には、初めて出会ったように思う。

ああこれは、”私の映画”だ。やっと”私の映画”に出会えた、と思った。親近感と親密さの混じったようなくすぐったさと、ほんのちょっとの憧れ。
試写の時も思わず涙が出たけれど、いまも劇場で予告を目にするだけでまた嬉しさで目が潤む。封切ったら、私はもう一度ノラに会いに行く。

  • 「パスト ライブス/再会」(原題「Past Lives」) 106分

  • 公開:2023年(2024年4月5日 日本公開)

  • 出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ

  • 監督:セリーヌ・ソン

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