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日向坂46デビュー2周年記念の2日間を忘れたくないと思った

多分、自分が望んでいたライブだったんだと思う。
決められたものを成立させるためにプロとしてやり遂げる姿ではなく、今その瞬間を自由に楽しんだりステージ上に全てをぶつける姿が見たかったんだと思う。そして、全部が終わる頃には汗だくで髪も乱れ疲れているはずなのに笑顔と充実感でいっぱいな日向坂46を、心の中ではずっと待っていたんだと思う。

3月26日のユニット祭り、27日のひな誕祭。この2日間を通して感じたものは「ライブ感」だった。会場の熱気や音響を全身で感じ、叫んで動いて声も枯れ体も疲れ果てる、それがライブだ。配信ではそれを味わうことができず、物足りなさを感じる人も多いだろう。この2日間も配信だったのでもれなく当てはまる。にも関わらず、自分に残った感情を紐解くと、やはり「ライブ感」なのだ。


◆Day1 春のユニット大祭り

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デビュー2周年記念日に先立って行われたユニット祭で披露された楽曲はほとんどが生歌だった。これをひらがなイズムだと言う人もいるが、自分にとってはこれぞ「ライブ感」だ。やっぱり生歌はいい。気持ちがダイレクトに伝わってくる。緊張やプレッシャー、曲へかける想い、歌詞への感情移入、楽しさや喜び。メンバーの様々な感情が声色に乗ってくる。それを受け取るたびに心が揺さぶられていく。時々声が裏返る瞬間や不安定になることもあったが、そんなことはどうでもいい。上手かろうが微妙だろうが生歌じゃないと伝わらないものにこそ価値があると思っている。

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強く印象に残っているのは、かとし(加藤史帆)とひよたん(濱岸ひより)の姿。
かとしはこの日最大の9曲に出演。徐々に見えてくる苦しそうな表情に、「頑張れかとし!」と気づけば声をあげていた。「どうして雨だと言ったんだろう」で奮闘する姿は鳥肌モノだった。ひよたんは、「三輪車に乗りたい」の出だしこそ緊張とプレッシャーが見えたが歌いながら持ち直し、ライブ後半の新曲ユニット披露時にはこさかな・おみくにも全く引けを取らず堂々としていた。2人のようにライブ中に表情が変化していく様子は、今までの物語形式の配信ライブでは見られない姿だった。

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メンバーだけでなく、ユニット祭りの形態そのものがライブ感MAXだった。天の声、阿座上洋平さんとの自然で軽快なやり取り、メンバーが交代で司会者とゲストを務めて行われた音楽アワードさながらのトーク、楽曲中にワイプで自由に応援し暴れる他メンバー。大まかな台本はあってもセリフをなぞるだけではない、ある程度の自由や「遊び」があるからこそ生まれる笑いや仕草がそこにはあった。それを見るたびに「ああ、最高だ、こういうのがライブだよな」と何度も何度も呟いた

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◆Day2 2回目のひな誕祭

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初日のユニット祭りの興奮そのままに始まった2日目のひな誕祭。早速オープニングからテンションが上がる。スカジャンを着込み、今からカチコミに行くぞと言わんばかりのメンバーがバスに乗って登場。ステージ近くで一人一人ポーズを決めながらバスを降りると、ド派手でゴージャスなARがお出迎え。カジノやアメフトのハーフタイムショーが頭に浮かんだ。激し目のオリジナルダンストラックをぶちかます様は、声を出さずともこちらを煽っているように見えた。この演出、個人的にものすごくワクワクした。身体中が騒ぎ出す。全身が身震いする。声が自然と出てくる。この感覚、現地参戦したあの時と、同じだ。場内が暗転し観客の地鳴りのような声援が響き始めるあの時と、同じだ。ここがもし、事前に撮影された映像だったらのんきにコーヒーでも飲みながら画面の音声調節でもしていただろう。しかし生ライブと変わらない興奮は、配信ライブを見る直前のリラックスムードを吹き飛ばした。

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忘れられないシーンはやはり涙の「ドレミソラシド」だ。日向坂46の歴史の新たな1ページと言える。踊ってる最中から表情や声が怪しくなるメンバーがいた。振り向いた先で幕が上がり、目の前にはペンライトを持ったおひさまの姿。それを目の当たりにして涙をこらえきれないメンバーと涙声混じりの歌声。そしてもらい泣きをする自分。演出を用意し、リハーサルを重ね、そこに観客がいることも把握しており、本番もその通りにことが進んだ。けれども、メンバーの涙は演出を超えたリアルな感情によって生まれたものだ。演出も素晴らしかった。そこに観客がいることにも感動した。しかしそれ以上に、メンバーの今その瞬間の生きた感情に、僕は涙をこらえることはできなかった

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懐かしの楽曲やスピード感のあるMC、フルサイズのパフォーマンスはとても見応えがあった。その中でも微動だにせず前のめりで食い入るように見たのが「青春の馬」だった。イントロ後すぐの足をふみ鳴らす振り付けからもう釘付けだった。今まで見てきたものと明らかに違う。足と手の力強さ。まっすぐに見つめる瞳。歌に込める想いがメンバーからこれでもかと飛び込んでくる。ライブも後半、畳み掛けるようにアップテンポが続く怒涛のセットリスト。苦しさに彼女たちの表情も歪んでいる。しかしそれを振り払うように、一心不乱に踊り歌うメンバーたち。心が震える。願いのこもった青春の馬は、ショーとして見せるパフォーマンスを超えた彼女たちの心の叫びのように聞こえてきて涙が止まらなくなった。きっと会場にいても、ペンライトなんて握りしめたままで振ることを忘れ、彼女たちの姿をただただその目に焼き付けようとしていただろう。空間は違えども感じるものも受け取る姿勢も同じだったに違いない。

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◆2日間を通して

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日向坂46のライブは毎回感動してしまうのだが、今回の2日間ももちろんそう。けれども、今までとは何かが違った。過去の参戦したライブとも違うし、配信ライブとも違う。うまく言えないが、魂に深く刻まれていくような、心に訴えてくるような、今まで感じたことのない、感動や最高のひとことでは済ませないものだった。それは、現地や仲間とともに盛り上がる「ライブ感」を、「配信」で一人じっくり味わって感じるという、今までなら共存しない初めての状況が起こったからかもしれない。そう思うと、今までに味わったことのない充実感で満たされたのもなんとなくわかってきた。


配信ライブらしく、ツイッターで実況したり終演後の熱そのままに感想を呟いて放出した。noteに感想を書こうと思い、すでに一週間も経った。今さら感想書く意味なんかあるか?もういいやと思って書きかけで放置していた。

けれども、ある日気づいた。

これだけ熱く心を揺さぶったシーンも、感情の推移も、月日が流れるうちにどんどん薄れていく。悲しいことに、忘れられない日なんて知らぬ間にいくつも忘れているのだ。記憶というのは、思い出すようにしないと忘れていく。思い出すにはきっかけが必要だ。
だから、こうして感想を書くことにした。この2日間に感じたことを忘れたくないと思ったから。このnoteがこの日を思い出せるきっかけとなるように。忘れられない日を忘れないようにするために。

3月26日「春の大ユニット祭り」、3月27日「2回目のひな誕祭」は忘れられない日になった。

日向坂46の皆さん、デビュー2周年おめでとうございます。3年目も、約束の卵に向けてつっ走る皆さんを応援しています!!



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