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紅バラの逆襲 ②

鈍る頭を振りながらコップのクリスタルガイザーを飲み干す。

留守電から聞いてみよう、と再生ボタンを押す。

「氷室ちゃん頼むよ起きて!おーきーてー。」
「起きて!おーきーてー」
「佐藤だよー起きてよ頼むよ」
「氷室ちゃんたらまだ寝てんのー起きて起きて起きて」
「……頼むよ、起きて。観月どこにいるか知らない?」

え、観月?

携帯から佐藤マネージャーに電話をかけた。
話し中。自分から起こしておいて。しかし、観月の身に何かあったのだろうか。
なぜそれを私に訊いて来るのか?と考えていたらまた佐藤から携帯に着信がきた。
「おはようございます。休みってお願いしていましたけど何かあったんですか?」
佐藤は焦った声で
「観月が行方不明なんだよ、氷室ちゃんちにいるのかな、って。電話に出ないんだ。こんなことはじめてなんだよね。何回コールしても出やしない。何か知らない?」
「は?」
「だからさぁ!観月と連絡とれないんだよ、氷室ちゃんとは電話番号交換してる、って聞いていたからさ。そこに観月行ってない?」
「いや。彼女の番号はわかりますけどお互いの住所までは。」
「ああああああどうしたんだよかんげつぅ!」
「いやマネージャー、落ち着いてくださいよ。いつから連絡とれないんですか?」
「4日前。」
「は?4日前、って。」
「そうなんだよ、嫁さんが亡くなったばかり、ってやつからスリムな髪を染めてない女の子、って言われてあいつを行かせたのよ。フツーに翌朝戻ってきてギャラの残り渡して。フツーに帰ったから。」
「いつです?それ。」
「その前の晩なんだよ。それからすぐにまたそいつから観月を、って電話きていて。もー!連絡がつかないんだよ!ああああ電話は出ろ、って言ってるしスケジュールあるなら連絡しろとも言ってあるのにこんなん初めてなんだよ。そいつうるさくて毎日観月観月電話きていてさぁ。」

4日前には彼女には会っていない。
その時だ。携帯が光った。メッセージのようだ。
「佐藤マネージャーあとからまた。ごめんなさい。」
携帯のメッセージは観月からだった。
内容を確かめてから佐藤には連絡した方がよさそうだ。

短い文章。
    たすけて。Bホテル702にいます。桃子

                  「?」
……たすけて?
この際佐藤は無視して彼女に電話をしなければ、と彼女の番号にかけてみる。
5回くらいコール音。電話が繋がった。
「あ、氷室ちゃんだ。ひろみさん、ぁ」
酔っているのか呂律が回っていない。
「どうしたの?どこにいるの?一人きりなの?Bホテル、って駅の反対側のビジホのこと?」
「お …  くす… りなんだか…」
「薬?何を飲んだの?大丈夫なの?」
「たすけ…て、一人だ、から」
「わかったすぐ行くから」
「部屋、鍵…開けてる。ストッパー……あの  ぁ」
「待ってて!」
化粧もせずに髪を束ねてから急いでパジャマからジーンズとシャツに着替えてカーディガンを羽織る。
Eタクシーではなく別のタクシーを呼んで観月がいるビジネスホテルに急いで!と運転手を急かした。
4月なのにまだ寒いな、と思いながら。
フロントには誰もいなかった。エレベーターで7階、702、702。
確かにドアストッパーでロックされていない。

中に入るのは怖かった。まさか、まさか死のうとしたのでは?と不安な気持ちだった。
恐る恐るそっとドアを開けると狭い部屋のシングルルームのベッドで毛布にくるまっている観月が横たわっている。
床に落ちていた錠剤やカプセルのから。白い紙袋には心療内科、神経内科、とある。

これは?と拾って読む。
ニ週間分の精神安定剤。二種類。全てカラだった。全部飲んだのか?オーバードーズじゃないか。

「大丈夫?来たよ?私よ?ひろみだよ?氷室だよ?わかる?」
観月の目がゆっくり開く。よかった無事だ生きてる。私はため息をつきながら彼女の手を握った。
「飲んだのはこれだけ?お酒とか痛み止めとかは?ほかは飲んでない?苦しくない?」
観月がうなずく。またゆっくり目を閉じたり開けたりしている。
「話せる?大丈夫?」
あれほどお薬は体によくないよ、と、大丈夫だから、とか言っていたのになぜ。

ぽつりぽつりと話し始める観月の目がまばたきする度に涙が頬を伝う。

あのね、あの、少し前に、私の幼なじみのお母さんが亡くなってお葬式が、あって。

それでなかよしだったから私も葬儀に行ったの。ご近所だし、それで。

うなずきながら聞いていた。

おじさん、泣いてた。みんな家族の人泣いて。

うん。

こないだね。アクトレスのお仕事だったの。

うん。

それで呼ばれたインペリアルスイートに行ったの。そしたら。あの。

観月がギュッと目を閉じた。

佐藤マネージャーから聞いていたのは奥さん亡くしたばかりの方から、だ。まさか。そんなバカな。

「部屋、入って近くに寄ったら、あ、ぁ。それ、それで。幼なじみのおとうさ………。」
「!!」
「わ、私見て、それで……。」
「もういい!!話さなくてもいいから。わかったから」
「ばらす、って。みんなにばらすから、って。言われて………。お金を、って1000万……。」

なんてことだ。自分の妻の喪も明けてないはずだ。ばらす?強請られているのか。1000万?ふざけるな!しかもアクトレスは高額だしインペリアルスイートなんて。香典で遊んだのか?保険金か?どちらにしろあぶく銭にはちがいない。

「ね、その方は何を仕事にしてるの?それだけ教えてくれない?」
ポットにあった水を観月を抱き起こして飲ませた。
「車の、整備工場……佐々木自動車、整備工場って……。」
「わかった。わかったからもう少し休んで。体、横に向けて」
ぐはぁああ、と観月は飲ませた水を吐いた。
背中をさするとやっぱり大丈夫だから、と繰り返しながら彼女は眠い、といいまた目を閉じた。

部屋をゆっくり歩きながらもう睡眠薬やなんかないか見てみる。ない。

「またあとからね。マネージャーにはひどい風邪で寝てるらしい、って言っとく。目が覚めたらマネージャーではなくて私に連絡して。繕うから。わかった?ね。」

コクリ、とうなずいた観月が喉をつまらせないように首を横に向けて私は702号室をあとにした。
怒りがこみ上げる。なんて卑怯なやつだ。しかもゆするなんて。ばらすなんて。佐藤も佐藤だ。顧客の身辺調査しろよ!!

・・・

流しのタクシーを拾い私は自宅に帰った。
もう夜だ。佐藤からまた留守電が入っているし、同棲相手は仕事に行っている。

佐藤マネージャーに電話した。
「あ!氷室ちゃんあのさぁ」
「観月さんならひどい風邪から気管支炎で寝込んでる、って来ましたが。」
「あ!そうなんだ。なら仕方ないよねぇ。また例のヤモメからうるさくて。」
「肺炎で入院してるから10日ほど待てないか?って言っておいたらいかがですか。休ませてあげないと。」
「あ、そうね。」
「あっ!マネージャー?」
「んー?」
「うるさいなら代役やりますよ?私も髪は染めてないし。彼女の同級生寄越しますから待って、って。」
「何でもいいや。うるさいし。身長は、うーん。」
「どうにでもなります。マネージャー?代金考えたら誰かを送りこむ方がよくないですか?」
「ま、先方が承知するなら。」
「連絡してください。3日待って、って。」
「わかった。訊いてみるわ。」

電話を置いてからしばらく考えていて製図のデスク横のラックを開けた。トレースの机の横だ。リストラされてもとりあえず部屋に残してあったデスクの横にあるラックの引き出しからコンパスを取り出しぐにゃぐにゃ開けたり閉めたり丸を書いたりしていてひらめいた。

整備工場、か。そうか。なら。

運転免許はある。車がどんなものかはわかっている。

燃えないゴミの中から同棲相手の男がたまに飲むユンケル黄帝液の空ビンをいくつか拾いあげて濯いだ。

………。死んだ妻の香典だか保険金だか知らないけどあぶく銭にはちがいない。しかも自分の子供の幼なじみだときた。

怒りが爆発しそうになるが私は冷静に作戦を立てた。この際佐藤マネージャーはどうでもいい。

よくも観月を、彼女を壊しやがったな?みてろよ。一泡ふかせて立ち直れなくしてやる。あんな優しい女性を脅して強請るなんて。

携帯が鳴る。佐藤からだ。
「氷室ちゃん?同級生って話したらヤモメさん食いついたからさ、3日後の夜ねぇー頼めるかなぁ?」
「承ります。」

コンパスを見ながら人間の脚の関節になぞらえて私はニヤリ、と笑った。

               (③に続く)

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