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アーティストトーク@市美

今日は午後から千葉市美術館へ。植本一子さんが開催中の、つくりかけラボの話題を中心としてのアーティストトークだった。「鳥羽さんといっしょに『あの日のことおぼえてる?』」

応募者が多かったらしく、会場が最上階の講堂に変更されていた。左右が壁ではなく窓だった。どこまで見渡せているのかわからなかったが、空の中にいるような良い気分だった。

天井は何と表現するのか知らないが、段々と高くなっていた。折り上げ天井というと、1段しか上がらないような気もする。教会か何かのようなすっきりとした空間だった。

窓の外にはバルコニー。雨が通過しそうに見えたが、装飾的な庇が面白かった。小さく丸いステンドグラスらしき物も、あちこちに嵌っていた。

初めて講堂を体験できただけでも大満足だった。

アーティストトークについても大満足。
ついでのような流れになってしまったが、もちろん、ついでではない。

多様であることが許容される世の中になってきているようには思うが、つくりかけラボで多様さを排除しない細やかな意図が感じられた。そういった意図だけではなく、展覧会ができるまでの、考え方やブラッシュアップの様子も感じられ興味深かった。

ラボは大きな会場ではないが、その場所をどう楽しんだのかが多様なことが新鮮だった。

会場に一人で行くか、誰かと行くかでも違うようだった。初めてつくりかけラボに参加した、一見カップルに見えた二人は、その場にいない友人も含め、3人のことを書いたという話も印象的だった。

誰かと行った場合も、必ずまとめて1枚にする必要はなく、それぞれが書くおもしろさもあったようだった。

多様なのは、つくりかけラボを体験した人たちの関係性だけではなく、体験した影響、視点も。
質疑応答の時間が充実していた。
質疑応答という字面には、とても素っ気ない印象を持っている。「ここはどうしてこうなんですか」「それはそうだからです」以上終了、という感じの。

そんな展開ではなく、質問する人や感想を伝える人も、表現しにくいところを表現しながら話している様子だった。答える植本さん、鳥羽さんも答えにくい内容を答えにくく話していたり。

私は、共感することがあったとしても、子どもも含め、他人のことはわからないものと思っている。同じ場所に行っても、そんな体験をしたのか、そんな風に楽しんだのか、そんな感想を持ったのか、という話が聴けたのは貴重な体験だった。

つくりかけラボを体験してからの、アーティストトーク参加者が半数くらいらしかった。
既に体験していても、また、つくりかけラボに行きたくなったのは、私だけではないのだろう。

今日は、アーティストトーク後に美容室の予定だったために、慌ただしく市美を離れた。

いつものカメラは忘れ物。
写真は帰宅してすぐの夕空。
ここのところの強風で空はとても澄んでいた。
雲も何だか風で千切れたような形に見えた。