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ワタシの大切なボク-第5話 兄と

兄とケンカをしたことはないがある勝負をしたことがある。

 兄は3人いるから、兄弟の構成をある組織に例えるなら、5人兄弟の長男は組長で次男は若頭。三男、四男、五男は組に入った年数が違うから先輩後輩の関係ではあるが、立場は同じチンピラで、上層部の2人と下っ端の3人という兄弟社会だった。

 長男、次男がいると、ヘイ!という返事を返してしまいそうなスタンスでもって上層部をイラつかせてはならない。上層部が保管している冷蔵庫のコカコーラなんぞに手をつけようものなら、小指が飛ぶくらいの覚悟はしなければならない。

 チンピラ3人でじゃれあって遊ぶようなことはなかったが、上層部がいないと空気がほんのり温かくなる感覚は3人とも同じように持ってたような気がする。

 勝負は三男の兄であるイサオとした。三男と四男の勝負。
立会人は五男のコウテツ。当然、止めに入る父も母も上層部も家にはいない昼飯の時だった。

 イサオは納豆が好きだった。
ボクも好きだった。
コウテツも好きだった。
だから、ウチには納豆はだいたいあった。
仕事で忙しく夜の遅い母だから、簡単な料理は全員自分で出来たし、ご飯も炊けた。だからか、ジャーを開ければご飯もだいたいある。
なければ炊く。
だから、面倒なら納豆でご飯を食べればそれでもろもろが済ませられる習慣も身につけていた。

 ボクはよく食うデブで、食う分なのか身長もでかい方だった、

 イサオは3歳年上だけど身長はボクより小さくて、痩せている。

 うちの習慣では、あの納豆のパックを1人で1個食べるというのはなかった。
誰かがあの納豆パックを開け、混ぜ混ぜする。
自分のご飯の上にあの納豆の半分。
半分くらいを乗っけて、誰か?と見回して出てきた手にそれを渡す。
1バックは2杯という暗黙のルールがあった。
1バックは2杯分だとボクは認識していた。

 兄の認識は違った。

 あれば1バック2人分なのだと。

 同じようで全然違う暗く黙ったルールは危険をはらんでいる。
あの時、あの納豆パックは一つしかなかった。ボクはデブとしてちゃんとどんぶり飯でご飯を食べる。
兄は茶碗一杯のご飯を食べる。
この納豆パックはチンピラ3人で分けざるを得なかった。

 ボクが納豆パックを開ける。
そして混ぜた。
1パック2杯論のボクはご飯の量に従って納豆の量は決められるとしたルールの理解をしている。
だから、どんぶり飯のご飯を食べざるを得ないボクはほぼ茶碗2杯分なのだから、茶碗一杯のご飯を腹に収めれば良い兄と弟の分を勘案してこの納豆を分けるのなら、4分の2をかけて良い権利がある。
でも半分とは言わないよ。
ただ茶碗一杯の人より多くかけざるを得ないんだ。
いやそれはデブが食わざるを得ないどんぶり飯を左手で持つものに与えざるを得ない権利でもある。だから無言で間をとって3分の1以上2分の1未満の量をご飯にかけて残りを差し出した。

 兄の1パック2人論はご飯の量なんか関係ねー。
納豆が1パックならばデブでも痩せでも平等に分配するものだ。
平に等しくだ。
お前の食う飯の量なんぞはお前の勝手以外の何者でもないから、この1パックは3等分だ。
差し出された残りの納豆の量をマジマジと見たイサオが
「シンイチ、お前さぁ、なぁ、多くねーか?かけてんの。納豆。」
と言う、
ご飯の量から言えばちょっと遠慮して控えたつもりのボクでも、デブ論が劣勢になるのはどっかで察知はしていたから、
「だって、納豆好きなんだもん」
とより意味のわからない返事をしてしまう。

 兄は格好良かった。

 「オレも、好きだよ。」

 そして、兄から勝負の提案がある。

 「シンイチ、お前納豆好きか?
 そうか。そうだよな。で、オレも好きなわけだ。で、お前はどんだけ好きなんだ?なぁ?どれくらいだ?」

 わからなかったから、わからないと答えた。イサオは

 「シンイチ、お前そんなに納豆好きだっつーならな、納豆一粒だ、この一粒でご飯茶碗一杯の飯が食えるか?好きだってんだから、それくらいはできんだろ?」

それは無理だと思ったが、無理と言えばなんか言いくるめられて納豆を失うような気配を感じたから、
「イサオ兄ちゃんは出来んの?」
と聞いてみた。
イサオはニヤリと笑って

 「よゆうだよ。」

と答えた。

そして、
「んじゃ、やってみっか」
ということで勝負の枠組みは決まった。
【納豆が好きなら納豆一粒で茶碗一杯の飯が食えんのか対決!】

 コウテツは黙って聞いていた。

 結果は引き分けだった。

 味噌汁はもちろんお茶もなし。
水は許されてたと思うけど、どっちも米粒一粒残さず平らげた。
でも、方法論はまったく違ってた。なんとイサオはコウテツのスタートの合図を聞くや否やで一粒の納豆を口に入れたのだ。
ボクの作戦は半分まで我慢してご飯だけを食べ、ちょうど真ん中で納豆を放り込み余韻で残りの半分を詰め込むというものだった。

 しかし、兄がひと口目に納豆を箸でつまんで口に運び、あんなにやらかい発酵した大豆ひと粒を噛みしめるように味わう姿を見た時に、まるで柴又に帰ってきた寅さんが羊羹つまんでさくらに微笑みかけるようなオーラを出してて、これはボクの負けだとわかった。
この人は詰め込んだりはしない。
この後も美味しくご飯を食べちまう。

 納豆への愛?
 愛なのか?
 ボクにとっての納豆はご飯を食べるための道具でしかなかった。
兄は愛してやがんのか?

 ボクも最後までご飯は食べた。
だからギリギリ結果だけは引き分けだけど、結果じゃなくてプロセスに現れた兄の実力と兄らしさをマジマジと見せつけられたイサオとボクの大切すぎる思い出だ。

【目次】
 第1話 巨人の星と
 第2話 イダパンと
 第3話 口裂け女と
 第4話 弟と
 第5話 兄と
 第6話 7人家族と
 第7話 高校野球と
 第8話 病院と
 第9話 アトピーと
 第10話 先生と

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