ワタシの大切なボク-第3話 口裂け女と

母は保険外交員をしていた。

 生命保険会社の営業マンであり、契約後のサービスマンであり、当時は保険料の集金も仕事のひとつで各家庭を巡って現金を受け取っていた。

 その集金を手伝ったのをよく覚えている。母があらかじめに受け取る金額の領収書と想定出来るお釣りを透明のビニール袋に入れてボクに持たせる。
指定された家に行ってピーンポーン!がある裕福な家はそれを鳴らし、ない家は鍵は掛かってない引き戸をガラッと開けて、

すいませーん。

すいませーーん。

すいませーーーん!

くらいの幅で音量を上げていって、どうにも返事がない時はキャッチャーとして身につけた

しまってこーぜーー!!

くらいの音量で発してみて誰も出てこなければ帰る。そんなお手伝いをしていた。ご褒美ももらってたと思う。

 知らない名前の家に行くのはどうでもいい。

 知ってる名前の家はちょっと嫌だ。

 よーく知ってる友だちの家はなんかくれたりするから全然いい。

 好きな女の子の家は、

 こ、こ、これは困った。

 嫌なのは嫌だ。
でも、断るなら嫌の理由を母に伝えなければいけない。
あの当時だと、どこまで長いんだかわかんない鎖で繋がれて、女だろうが子供だろうが躊躇せずに食ってやるって気合の入った犬が普通に庭先で飼われてるうちなんからザラだったから、そういうことならあれはボクにはムリ。アイツそのうちあの鎖切るから。
それも間も無くだから。
危険だ。そう伝えられる。
でも、まさか
「あそこの家の子に惚れている」
なんてのはマスクを取ると口が耳んとこまで裂けてる口裂け女に脅されても言わない。
「そんなのいるわけねーじゃん!」
と友達にはしらけた顔して語ってたが、夜道を1人でチャリに乗ってる時には、会っちゃうんじゃないかと思ったりしてたのは白状する。
ただ残念なことに口裂け女に出会って、あの人の無茶な質問を無視して追いかけられて、くちびるを耳んところまで切られちゃって入院することはなかったので、その子の家に結局は行った。
何度か行った。

 ピンポーン!をして、幸いにその子が出てくることはなかった。

 それは、本心で助かった。

 その子のお母さんが、
「飯田さんとこのシンちゃんねー!お手伝い偉いわねー!お母さん大変だもんね。男の子5人っスゴい。でも、こうやってみんな立派なってね!お母さんも頼もしいはねぇ。」
どこの家に行っても、ほぼ同じようなことを言われた。
だから、普段はどう思うことはないのだけれど、どっかがあの子に似てるなって気だけはしなくもないおばさんに言われるのは、どっかで心地が良かったのと、ボクがこうして母の手伝いをしてるってのがあの子にバレるって感覚とが入り混じって、甘いとか苦いとか、美味いとか不味いとか、ウケるとかスペるとか、複雑だった。

 今、思えばそんな複雑な感覚の味もバランスが大事なんだと覚えたのはあの時か?なんて思ったりするが、テレビでドリフを観ながら面白すぎてテレビから離れられず、大爆笑しすぎて我慢しきれず小便を漏らすような子供は、そんなことはどうでも良かったはずだろう。

 当時はモノを欲しがったし、ものが手に入れば嬉しかったのも間違いない。
ただ、欲求のままにモノに満たされたなんてことはなかった。
だからと言ってあの時のボクは満たされていないわけではなかった。
不都合はいっぱいあったが、好都合なこともいっぱいあった。

【目次】
 第1話 巨人の星と
 第2話 イダパンと
 第3話 口裂け女と
 第4話 弟と
 第5話 兄と
 第6話 7人家族と
 第7話 高校野球と
 第8話 病院と
 第9話 アトピーと
 第10話 先生と

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