たぶん、しっぽが見えた気がする|#9
美術館での思い出に浸りながら家路を歩いていると、なんだか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「だーかーら!!!しっぽが見えたんだってーーーーー!!!!」」
紛れもなく、わが弟の声が聞こえた。
なにを騒いでいるのだろうか?
声はどうやら、少し先の神社から聞こえてくるようだった。
このまま通り過ぎるわけにもいかない。もうすぐ弟の門限だし、連れて帰らなきゃ。
神社の鳥居に向き直り、階段の向こうにある境内を目指す。
地味に段数が多い階段は、運動不足の身体には堪え、息は軽く上がっていた。
なんとか境内にたどり着いたわたしは、弟のいる方を探す。
声はどうやら、神社の脇から聞こえてくる。
あたりを見回すと、草むらの影から弟の寝癖がひょこひょこと見えた。
中をのぞくと、成人男性がしゃがみ込み、なにやら弟とこそこそ話している。
……なんだろう、この人は。
少し警戒した目つきで見ていると、弟がわたしに気づいた。
「あ!おねーちゃん!!こいつ、たぬきなんだよ!!!!」
突然変なことを言い出す弟に、思わず同じ目つきで見てしまう。
この人がたぬき???
じっ……とその男性を見ると、茶色の髪の毛が心許なく揺れ、メガネの奥から見える目は、どこか懇願するような色が見える。
いや、そもそもたぬきはメガネをかけない。
「おねえちゃん、たぬきはメガネをかけないと思う……」とわたしが言うと、その男性はぶんぶんと頭を縦に振った。
しかし、弟は腑に落ちていないらしく、「だってほんとだよ!!もふって、しっぽがおしりからはみ出てた!!」と息を荒げる。
あげくの果てには目はうるうるとこちらを見て、"おねえちゃんはボクの味方だよね???"と訴えていた。
一方、男性も男性で"信じてくれ……!"と言わんばかりの目でこちらを見ている。
な、なんだこの構図は…。
小さい弟と成人男性から、潤んだ瞳で見つめられるとは……。
しばし悩んだのち、「それじゃあ、たぬきではない証拠を見せてもらいましょう!」と提案した。
弟は「それだ!」と目を輝かせ、うきうきとした様子で男性を見る。
男性はしぶしぶ……といった様子で、財布の中から身分証を取り出した。
「どうです…?正真正銘の人間でしょう…?ボク、このあと映画の約束があるので、急いでいるんです…」
男性の顔に少し焦りが見える。これはおとなしく帰らせた方が良さそうだ。
弟に「ほんものの人間だったでしょ?」と伝えると、心底つまらなそうな顔をして、「ほんとにしっぽみたのに〜〜〜」とほっぺたをふくらませる。
納得いっていない様子の弟をなだめて、男性には「お引き止めしてすみませんでした。どうか、お約束に間に合いますように」といい、帰ってもらった。
男性はぺこぺこを頭を下げながら、小脇にノートを抱えて神社の外に向かう。
去り際に、男性のポケットからひらり、と何かが落ちた。
すかさず弟が拾い、「これなんだろ〜?」とまじまじと見つめる。
……やっぱりきっと、あの人はたぬきだったのかもしれない。
男性の姿はすっかり姿が見えなくなってしまったが、つやつやの葉っぱを見ているとそう思えた。
「あ!!ママに怒られる!!!!」
弟がキッズケータイを見て慌てた声をあげたのを聞き、魔法が溶けたような心地がする。
わたしは母にメールを送り、弟と一緒に帰宅していることを伝えた。
薄暗くなりはじめた神社は、どこか不気味に思えて、弟の手を引いて外に出る。
たいやきでも買っていこうかな、と思いながら歩く足は、自然と早足になっていた。
※アイキャッチ画像に素敵なイラストをお借りしています。ありがとうございます。
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