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春に震えた話

最近、昼ご飯の様子ばかりでした。
たまには違う記事を書こうと思いまして
少し昔のお話をいたします。


春の節句

我が家は私を除いて全員が女子です。
もちろん猫も。
この季節になりますと頭に浮かぶのは
やはり春の節句ひなまつりでございます。

妻は盆暮れ正月節分など行事に敏感です。
豆まきの日は「鬼は外~ry」をちゃんと声に出してやらないと、普通にやり直しさせられてしまいます。
別に古風な人でもないし、パリピでもスピ系でもありませんが、なぜかこういうことはやりたがるのです。

分類としては主に幼稚園や保育園でやるような
行事を家庭でもやりたい、気分を味わいたい、というのが奥底にあるのだと思います。それは彼女の幼少期の環境に起因していると考えています。ふむ。

多くは語りませんが、今それを再現してやることが
まだ出会う前の幼き日の彼女を救うことになると信じて全力でライドオンしております。

ですが、ひな祭りに関してはあるきっかけから、大げさなイベントはしなくなりました。食卓を囲んでLet'sパーティー☆ナイトはありません。

静かに、厳かに、飾るだけなのです。

そう、これはおひなさまのお話です。

ひな人形たち

数年前、妻は保育補助員として地域の保育園で働いていました。田舎の保育園でしたから経営は厳しそうでした。市からの援助も少なく、地域住民の協力のもと成り立っているようなところです。

保育園では季節に応じた行事が盛んです。行事に備えて紙を切ったり貼ったりと準備に悪戦苦闘している様子が、夕食の会話で出てきたのを覚えています。もともと子どもが好きじゃないのに良くやるなぁ…とぼんやり思っていました。

そしてある春の日のことです。

いつも通りに夕飯を済ませた後、いつも通りに風呂に入り、いつも通りにベッドに入りました。ベッドでは私が左手側、妻が右手側です。私の足元の方向に寝室の出入り口があります。頭の方向には窓が、私の左手側にはクローゼット。いつも通り二人並んで寝ているとー

丁度、寝入り端だったのか、深く沈んでいたのかわかりません。ただ急に、左手側よりとんでもない寒気が襲ってきました。音もなく寄ってきた寒気は私の左腕から、胸、右腕へと身体の上を通り過ぎていくかのように「ザワワワァー」とも「ブワァァ」とも形容しがたい速度で通り過ぎました。

悪寒。

風邪やスキマ風とは断じて違う寒気。布団を掛けているのに全身を襲った流れるような寒気。それは鳥肌が立つほどでした。悪意のような、悲しみのような、視認できていませんが色でいえば黒い、ザワザワしたような、何か。あるいは何か、たち。

何かおかしい。私は妻に声を掛けようと思いました。
あきらかに自宅にあるはずのないもの、いるはずのないものが侵入してきた印象を受けたからです。

すると

「ワッ」

妻が起きました。
寝ぼけているのではなく、
ハッキリとした口調で話しかけてきました。

妻「ねぇ?」
私「うん。」

妻「今、来たよね」
私「来たな」

そう、私たちは同時に何かを感じ、同時に目を覚ましたのです。そして主語が見つからないまま二人は、今起こった現象について語り合いました。

何かが

左側から来たこと、上を過ぎ去っていったこと、
悪寒、鳥肌、ザワザワ、黒い、全ての感想が一致していました。ドアからの隙間風ではありません。
私の左手にはクローゼットしかありません。
服が掛けてあるだけの狭い収納です。

エアコンもつけていません。
その頃はまだ、猫も飼っていませんでした。

一体何なのか?
部屋に何かが入った形跡も、出て行った形跡もありません。戸締りはしっかりと行っていますし、夫婦の寝室に子どもは入ってきません。誰なのか、何なのか、見当もつかないまま、明日も早いということで再び寝ることにしました。

正体はわからない。

ただ、我が家と全く関わりのないモノである。そういう印象を受けました。

一夜明けて

朝、「昨日のは何だったんだろーねー」と
あまり妻を怖がらせないように、能天気に話そうとしたら妻が

「…もしかして、おひなさまかも」

と言いました。
確かにひな祭りが近い時期ではありましたが、ひな人形を収納してあるのは別の部屋にある広めのクローゼットです。毎年飾っているし、何も恨まれるようなことはないだろうと。私は否定しようと口を開きかけましたが

妻は続けて言いました。

ウチのじゃなくてね

と。

話を聞くと、仕事場の保育園でひな祭りの準備していたそうです。前述のように予算の厳しめな保育園ですから、立派な新品の雛壇を飾ることは難しいです。そこで毎年使っているものを出すらしいのですが、それが段ボールに無造作に投げ込まれている雛人形たちなのだそうです。もしかしたらどこかの家庭から寄付されたものなのかもしれません。いつの時代のものなのかもわかりません。パーツが不揃いであったり、欠損していたり、ひどい管理の仕方だったそうです。保育園の経営姿勢にも不満を抱いていた妻は

人形を可哀そうに思いながら一つづつ取り上げ、準備に協力したということです。その時は特に何も感じなかったそうですが、昨晩の出来事に対して最初に頭に浮かんできたのが、件のお雛様だったということです。

それ以来、我が家ではひな祭りだけは、静かに厳かに開催されるようになったのです。その後、別の理由により保育園を退所することとなったため、あのひな人形たちが今どうなっているのかわかりません。

しかし、理不尽な話です。
なぜ我が家にご来訪なさったのか。
筋違いにもほどがあります。

そもそも子ども嫌いのひな人形なのか、自らの置かれた境遇に共感してくれた妻のもとへついてきたのか、違うシリーズの三人官女がお雛様をいじめているのか、お内裏様が右大臣に冷たく当たっているのか、それともお二方の年齢が離れすぎているのか!全く見当もつきませんが!

いい加減にしてもらいたい!

そう表明をしたところ、次の日から「何か」が現れることはありませんでした。結局、原因も正体もわからないままでしたが無事解決(?)したのでした。



因みに妻が云うところの保育園の経営姿勢の悪さとは
「給食すくないじゃん!子どもだっておなかすいちゃうよ!私も!」
ということでした。

毎年、春になると思い出す震えた話でございます。


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