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【連載小説⑩‐4】 春に成る/ビーフシチュー


< 前回までのあらすじ >

酔っ払いに絡まれた流果を助けようと間に入る遥。
しかし、簡単に倒されて掴まれてたところで、敬に助けられ、店に戻った三人。

春に成る/ビーフシチュー

※先に絵と詩をご覧いただく場合はコチラ

ビーフシチュー(4)


いつもは、様子を窺っている音楽が、今日は主役であるかのように流れていた。隣でずっと黙ったままの流果るかを、気にしながらも、結局何もできなかった私が、なんて言って良いか分からず、むしろ女の私が入って来て嫌だったかもと思いながら、この状況でさっきの質問をする勇気もなく、けいが手当てしてくれた手の包帯を見つめていた。

「何もできねぇくせに間に入るな! ああいう時は人を呼べ!」

怒りながら、手当てする手は優しい。この言葉も今は心配してるからだって、分かるようになったんだよ……そのきっかけをくれた流果に、伝えたかった。

良い香りが漂っているのだけが、私の気分を少し和らげてくれた。敬も特に話さないまま、流果と私の前に、そっとビーフシチューとバケットを置いた。誰も話し出さないまま、敬が流果と私の間に座って、食べ始めたので、小さく手を合わせてから、食べ始めた。

冷たくなった体も気持ちも、解けていくようにジワジワと広がる温かさに、敬の大きな手を思い出して、安心する。そのまま全部緩んで、何だか泣いてしまいそう。

「流果、冷める」

敬の言葉にピクリと反応して、ゆっくりとビーフシチューを口に運んだ。そのまま、しばらく止まって、何度か繰り返し口に運んだ後、流果の大きな瞳から、一粒溢れたと同時に、一言だけ零す。

「……ごめん」

よく考えたら、私の考えたSNS作戦が招いた結果……だよね。やっぱり、可愛く装飾した飲み物の写真とかの方が良かったのかもしれない。いや、そもそも流果の事情も知らないで女性客呼ぼうなんて……いや、やめよう。キリがないこと、仕事中に考えるのは。

洗い物を拭きながら、目だけ動かして、流果を確認すると、端っこの席で、メガネを掛けて、落ち着いた様子で静かに飲んでいた。ここぞとばかりに、流れる音楽が店内に響く中、様子を伺うようにベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

「あの、二人なんですけど、大丈夫ですか」

顔を覗かせた黒と白のカジュアルな格好をした若い女性二人は、緊張したまま席に着いた。分厚いメニューを二人で見て口を開く。

「あの、まだ……あんまりお酒飲んだことなくて」

「ここなら、安心して飲めるってSNSで見たんですけど……色々よく分からなくて」

「そうなんですね、ありがとうございます。それなら、バーテンダーにお任せしてみてはいかがですか? 苦手なものとかあればお伺いしますよ」

色々伺っていると、黒の服の女性が、不安そうに呟いた。

「私、やっぱりお酒飲むの止めようかな。明日約束あるし、なんだか怖くなってきた」

「もちろん、大丈夫ですよ。最近ノンアルコールも始めたので、そちらでいかがですか」

「どうぞ」

二人の前にそれぞれ、飲み物がそっと提供された。どちらも長いグラスに淡い黄色のお酒が泡の帽子を被り、レモンを飾っている。同じ飲み物のようだった。

「これ……同じ?」

「両方、ジン・フィズだけど、そっちには、アルコールは入ってない」

不思議そうに、眺める二人に淡々と説明する敬。ふと、カクテル言葉を思い出す。

「あ、カクテル言葉ってご存知ですか? 花言葉みたいに、カクテルにもカクテル言葉っていうのがあるんですよ」

「へぇ! そうなんですね。このカクテルには、どんな言葉があるんですか?」

白の服の女性が、興味津々に尋ねる。

「『あるがままに』です。きっと、お酒が飲めても、飲めなくても、自分が思うまま、楽しんで欲しいという、バーテンダーの気持ちだと思いますよ」

二人は、ゆっくり笑顔で味わって、その気持ちも受け止めてくれたようだった。

「ふふ、美味しい。不安だったけど、ココに来て良かったね」

「うん、バーテンダーさんだけかと思ったけど、女の人も居てくれて安心したし」

自分が、誰かに安心してもらえる存在になるなんて思ってなかった。さっきのビーフシチューの味を思い出した。視界の隅で、敬が流果に同じカクテルを出しているのを見た。

二人が帰って、しばらくしてから、流果もベルを鳴らした。慌てて、後を追って階段を登って呼び止めた。

「あの、敬から流果のこと、少し聞いたんだけど……もしかして、女の私がいることで、流果は、辛かったりするのかなって思って。だとしたら、このまま一緒に居ていいのかって、気になって……」

足を止め、メガネの中の瞳が向けられる。

「……だからあの日、終わらせようって思ったのに……いつもは、もっと上手くやれるんだよ。でも、全然上手くできなかった。友達になれるかもなんて、夢見たからかな。離れたくて、でも一緒に居たいなんて気持ちでいるの、ホント疲れる……今日だって、さっさと自分だけ逃げれば良かったのに。今まで、みんなそうだったのに……なんか、もう変に終わらせようとか、離れようとすると、余計疲れそうだから、もういいや。だから、今まで通りでいる。でも、今回の事で僕が嫌になったら、ハルから離れたっていいよ……じゃあ、そういうことだから」

そのまま、目を合わさず歩き出す。

友達になりたいって気持ちは、嘘じゃなかった? 一緒に居たいとも思ってくれてたなら、三人で居たいっていう自分の気持ちを大切にしたい。私も今まで通りでいる。

「……あ、流果、またね」

一瞬、足を止めて、振り返ることなく、手を振って、また歩き出す。

⑩‐2 Beef Stew


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※見出し画像は、素晴木あい@ AI絵師様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。


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