空白を読む。

 ブチンっと何かが切れる音がした。

 それは気のせいだったかもしれない。でもそんな気がした。

 その日は実家の家族と会う予定で、母親に地元の駅まで車で迎えに来て貰うように伝えていて。バタバタしていたせいか電車の中で居眠りしてしまった。そして、地元の駅を降りて車に向かおうとして、電車のドアがぷしゅーっと閉まる。

「あっ」

 口に出したのをよく覚えている。何故なら、スマホがズボンのポケットに入っていなかったからだ。

 あーあ……

 すぐに迎えに来てもらった母親の車の元まで行って、事情を説明する。駅の駅員さんに言おうにも、その地元の駅は無人駅。

「何かあった時のインターホンみたいなので言えばいいんじゃない?」

 なるほど。当事者でない人間はいたって冷静だ。駅のインターホンを鳴らし、事情を説明する。

「こちらの駅では対応できませんので、有人駅にて事情を説明ください」

 母親と一緒に隣の駅へ車で移動。そこで改札の駅員さんに乗っていた電車や落としたスマホの特徴、落としたであろう場所の事情を説明。

「乗られた車両が最後の駅に到着するのが30分後ですので、その際に車両点検を行います。その時に落し物がないかの確認を行いますので40分後にまたこちらに来ていただいてもよろしいですか?」

 後日、という選択肢はないので車に戻り待機。おおよそ30分経過してから同じ窓口でどうなったか結果を聞くと

「車両内におっしゃられていた特徴のスマホがありました。どうされますか?」

後日、という選択肢はない。

 一旦、母親に説明して電車に乗り込み最終の駅まで向かうことに。とはいえ、幸い30分しかかからない範囲であることはこの時点で母親がスマホで調べてくれていたので、スマホを持たない30分の電車旅が決まった。

 普段、電車に乗ってしていることといえば、スマホを使って調べ物をしているか、Amazonkindleで何か読んでいるか、Wi-Fiが繋がるなら動画を見ているか、中に入れている音楽を聴いているか。挙げていけばキリがない。

 なので、走り始めて数分経過して気が付いた。

 落ち着かない。

 何もすることがない。

 仕方がないので外の景色を眺める。その風景は普段見ることがない景色。文学表現的なことが言えたら格好がつきそうだけれど、普段降りている駅の先に来ているのだから当然といえば当然で。

 何もない田舎の風景。廃屋。畑。山。山。山。木。廃墟。見たことがない会社の看板。当たりそうになる木。つぶれかけのガソリンスタンド。電車をのぞき込もうとする子どもを乗せた乗用車。廃墟。


 そういえば、最近の電車の使い方は移動手段でしかなく、それ以外の使い方なんてしていないなっと思った。

 ぼぉーっと外を眺めていた。

 いつも予定を空けることなく、

 いつも思考を止めることなく、

 毎日何かに追われるか、何かを追い求める日々を送りすぎていた気もする。そういえば昔、職場の上司と海外旅行に行った時。観光名所を旅行の期間内で是非回りたいと気持ちが焦っていたのを思い出した。その時の上司も、

「お前、息抜きに来てるのに息抜きできてないんじゃないか?それ、意味あるか?」

 その時のはっとした感覚と一緒だった。 

 

 最終の駅に到着すると、一旦改札を出て窓口にて駅員さんに事情を説明する。すると、スマホの現物と一緒に駅員さんが出てきて書類を書いてもらうように言われる。必要事項を書いてスマホを受け取り、母親へと連絡。

「今から戻ります」

 それはスマホのある生活でもあって、

 自分が普段の詰めに詰め込んだスケジュールでもあって。

 そして現在、その真っ只中にいる中でこんな文章を打つような時間を作りました。

 冒頭のブチンっという音のくだりは、地元の駅に降りてスマホがないことに気づいた瞬間のこと。電車の発車するときの車両音だったかもしれないし、工場が近いので作業するときの機械音だったかもしれない。

 じゃあ後付けであの生活から解き放たれた瞬間の音ってことでよくないですか?

 ……ダメですか。


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