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生まれ育った場所を肯定すること

私が同年代で最も尊敬する知人の1人である、かいくん(@kaikyou1223)。

一昨日、彼はこんなnoteを公開。

大阪でも宮崎でも爆発的な活動力と人望を持つ彼の原動力、たしかに意外と聞いたことがなかったかもしれないと思いつつ、共感する部分も多々ありました。私もまちづくり分野に関わりたい者の一端として、その想いがこの記事のおかげで更に言語化できるようになった気がしました。

今回のnoteは、なぜ私が地域に関わりたいのかについて(甲斐くんに触発された!)。ただ、甲斐くんに似ている部分も多々あるのが面白いなと思います。

少しだけ自己紹介すると、地元について気になって色々やってきた感じでしょうか。

高校の時は地元の名産・こんにゃくの廃材を利用したバイオエタノールを生成する研究をしたり(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jie/96/6/96_199/_article/-char/ja/)、

立命館大学時代は、学外活動だけでも、福祉避難所調査だったり、将棋普及活動だったり、イベント開いたりみたいな。ソーシャルグッドのビジコンは楽しかったし、ヨリアイも出させてもらって群馬でもやりたいって思ったし、とにかくいろいろやってた。

あとは父が市議だったり、壮絶な辞め方をしたり。

まちづくり分野の経験に絞っただけでも色んな経験をさせてもらいました。大学は辞めたけど、来年から地元の群馬を中心に仕掛けていきます。


そして甲斐くんと同じく、私も地元や地方をよくしたいと思う願望があるわけです。

なぜ地域を活性化したいのか?という素朴な疑問に答えるのって、意外と難しい・・・でも私なりの答えは、「自分がたまたま生まれ育ったまちを、みんなが肯定できるようにしたい」からなんですね。正直、地域の活性化はその後に来ると考えています。

田舎は、自分の住む地域のことを卑下されたりします。地元の群馬県なんて特にそうで、自虐ネタや弄られキャラが1つのアイデンティティになっている。しかし私自身生活していて、少なくとも私の住む市では学生として刺激を受けるような人や機会は京都大阪と比べて圧倒的に少なかった。祭りはあるけどみんな嫌々やっている感じがする。田舎特有の閉塞感は育った方なら分かる方もいると思いますが、生まれ育った場所に誇りを感じられませんでした(完全に私の主観でしかないです、笑)。

ただここまでは都会と地方を比べての話。地方である宮城県女川町にお試し移住した際、女川住民のような活力は議会や商店街の現状を地元と比較すると圧倒的なものでした。地元に籠っていた時には気づきませんでしたが、日本には地方でも面白い人の集まる場所と集まらない場所の格差があることに気づきました。その時は正直「地方でもいいから、こんな町で育ちたかった」って思いました。

でも少し時間が経って、「そんなこと考えるべきじゃない」って思うようになりました。人間って、いつどこに、どんな環境で生まれても生きづらいと思うんです。たとえ東京で生まれようが、都会には都会なりの悩みが必ずある。まず私はそのことを全面的に肯定したいんですね。時代のせいにも他者のせいにも社会のせいにもできません。そしてその上で、「故郷を卑下して何もしない」という行為は、もし環境、つまり生まれ育った場所が異なれば幸せな私がいたことを、違う宇宙、平行世界のどこかに認めていることになってしまうと考えています。そんな状態では私はいけないと思います。前に進めないからです。

だからこそ私は、地域活性化で経済発展させたいとかスタバが増えるまちにしたいといった他地域と比較された相対的なものは二の次でいいから、絶対評価として地域での生活を皆が誇りに思いながら、肯定できるような場づくり、ひとづくりをしたいと思うんです。決して地域としての生きづらさは解消されることは無いけれども、それらもひっくるめて肯定して、まずは皆が前に進める雰囲気をつくりたい。これは経済の低迷や投票率の低下といった日本社会の閉塞感全体に言えることですし(戦後中流の崩壊による分断)、私の地元をはじめとしてそこに立脚できていない地域はまだまだたくさんあると勝手に思っています。

そしてまさにこの「肯定する」雰囲気を感じたのが女川町でした。「人口の急激な減少も東日本大震災も関係ないのだ、後者はむしろ忘れたい」と仰っている住民の証言を肌で感じ、複雑な感情を抱きながらも私は力強さを感じました。段ボールで作ったランボルギーニ、通称「ダンボルギーニ」を始めとして、シーパルピア女川テナントに入っている商店の数々、また震災遺構の意味づけ等々、震災の文脈から意図的に切り離すことで純粋に「女川を子どもたちに誇れる場所にしたい」という目的で動いている方々がたくさんいらっしゃいました。

まとめると、私の地元に限らず、みんなが自分の生まれ育った地域に誇りをもって肯定できる社会にしたいんです。地域活性化だ!と喚いても、まず地域を肯定できてないことには始まらない。平成の大合併を通して、「自分たちのまちはまだまだやれる!」という誇りを奪われた地域ってたくさんありますからね。

その手段って何だろうと考える訳ですが、これがまた難しくてなかなか決まりませんよね。大学ではヨリアイを少し変えた形で行う予定ですが、私はその時々に合った自分のポジションで職業を変えようかと考えています(今のところは研究職を目指しています・・・が、この話はまた今度したいと思います)。

最後までお読みいただきありがとうございました。お話やイベント案件等、なんでもTwitterのDMでお待ちしてます!

#大学生 #まちづくり #地域活性化 #地方創生

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