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小説(習作) 神州とお呼び

 その少女がいうには、日本列島の形は風水的に異常なのだそうだ。夜中のドトールで向かい合い、何かいろいろと説明していたが忘れてしまったので、覚えているのはその風水のことくらいだ。他には龍について。
「あとはほら、龍の形をしてるよね」
「ああ、北海道が頭で」
「うん。それで東北が胸、関東からがおなか、西に伸びていって沖縄が尻尾」
 ふーん、と思う程度の話として相槌を打ち、アイスコーヒーをすする。
 夜更けであるせいか店内には客が少なく、奇妙な話をしていても差し障りはなさそうだった。気怠いジャズがかかっている。まばらな客たちは揃ってスマホを見ている。ひとりだけ新聞を読んでいる老人がいた。
 とにかくまあ、と少女はいう。
「この国は特殊なの。特別なの。神州なんて呼んでた時代もあったんだから。戦時中だったかなあれ、やれ神の国、やれ神風って、国威発揚の言葉もあながち間違いでもないわけよ。敗戦のあとの復興ぶりなんかもすごかったじゃない。空襲と原爆でボロボロになってから立ち上がったから、ほんと特別」
「神州とか、そういうのどこで勉強すんの?」
「ネット」
「そっかー」
 さてこの大日本帝国娘をどうしたものか。マッチングアプリで釣ってみたらば、こうしてやや偏りのある子が来てしまって困ってしまった。歳としてはギリギリ十代といったところだろう。その場合は法令に引っかかるのだろうか。
 展開としてホテルにしけ込むこともあるかもしれないが、偏った日本論をやられてはどうも困る。萎える。
 あ、天使が通った、と少女がつぶやいた。
「何?」
「会話が途切れるときは天使が通ってるんだって」
「なんも通らんかったけど」
「天使は見えないもんでしょ」
「そっかー」
 アイスコーヒーを飲み干した。少女のカップはとうに空だ。
 このあとどうする、と訊いてみた。
「お兄さんはどうしたい?」
「帰って寝たい」
「私と寝たいの? わあ、直球」と笑う。
「ひとりで帰ってひとりで寝たいんだけど」
「えー。つまんねーなー」
 いきなり悪い口調になったが、表情は不快そうでもない。遊びとして会って、遊びとしてなんやかやをするという、たぶんお互いさまの思惑だったのだろう。だから遊べなかったらつまらないわけだ。
 BGMのジャズが止まり、閉店を知らせる曲が流れた。蛍の光だ。じゃあ出ようか、と俺がいうとバッグを腕に下げ、両手でトレイを持って椅子から立った。俺も同じようにトレイを持つ。それを返却口へ置き、店を出た。
 夜風が冷たい。曇り空なのだろう、月は出ていない。後ろからついてきた少女に振り向く。街灯に照らされたその顔はどこかのんびりとしていた。悩みなどなさそうな。
「また会いたいな」という。「話、聞いてくれたし」
 たぶんまだ話すネタがあるのだろう。会っても頷き続けることになりそうだ。
「お互い気が向いたらな。日本の話は腹いっぱいだけど」
「神州」
「ん?」
「日本っていうより神州っていったほうがありがたみあるよね」
「そっかー」
「神州って呼ぼうよ。こんなね、夜中に出歩いて何も怖い目に遭わないような国、ここだけだよ。奇跡を感じるよ」
「奇跡ねえ」
 そうやって路上で立ち話をしていたところ、道の向こうからガラの悪いのがふたりほど歩いてきた。極道ほどにはきちんとしていないので、そこらのヤンキーだろう。
 ニヤニヤしながら俺たちの目の前に来た。ひとりが俺の肩をどんと押しやって少女に話しかけた。
「えー、君は未成年かな。まあ関係ないか、飲みに行かない? ハッパでもいいけど」
 神州の奇跡はどこへ行ったんだろうと思ってぼーっと見ていたが、少女がバッグから何かをとり出して男に当て、破裂音のようなものが盛大に響いて我に返った。男は膝からくずおれた。もうひとりのほうが駆け寄ってしゃがみ、倒れて気絶している男の頬を叩いたりしていた。
「何したの?」少女に訊いてみた。
「ただのスタンガンだよ」
「じゃあ電撃娘ってやつだな」
 しゃがんでいたほうがこちらを睨み、近づいてきたところでまたスタンガンがバチバチと鳴り、そいつも無残に倒れた。
 さ、帰りますか、と少女がいうので、俺は駅まで見送ることにした。別れ際に連絡先の交換を提案し、近いうちまた会おうということになった。この子はおもしろいと思ったのだ。変な子というのも悪くない。
 以上が大日本帝国電撃娘と出会った話で、それだけ。

〈了〉

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