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江戸時代の交換日記、ドレフュス事件 2023年2月 読書記録 【読書感想文】

 2月は村上春樹さんの初期長編を読み進めながら、合間に徳田秋声&谷崎潤一郎の小説を読みました。これらの作品については個別に取り上げる予定なので、ここでは、気分転換用の新書と寝る前に20ページずつ読んでいる『失われた時を求めて』について書きます。

揖斐高『江戸漢詩の情景 風雅と日常』(岩波新書)

 森鷗外の史伝小説の影響で江戸時代の漢詩に興味を持ったので、入門書を読んでみました。江戸期に書かれた漢詩から、様々なアプローチで文人(≒教養人)たちの生活を解説する新書でした。

 例えば、「山紫水明」という四字熟語についての話。Googleで調べると、「日に照りはえて山が紫に見え、川が清らかに流れること。美しい山水の形容。」と意味が出てきます。中国の漢詩由来の熟語かなと思っていたのですが、頼山陽の造語なのだそうです。京都の河原町丸太町(町が二つ続きますが、河原町通りと丸太町通りの交差点付近をさす)にある自宅から見た夕景色を讃える言葉として使ったのだとか。「日が傾いて東山の山肌はすでに紫色に翳っているが、鴨川の川面は夕陽の照り返しでまだ明るい」といった意味だったようです。
 つまり、もとは京都の夕景色を表現する熟語だったのが、明治期になると、大町桂月が千葉の国府台の夕景色を表す言葉として使うなど、場所を限定しない熟語に変化します。そして、今では夕景色を表現する熟語であることも忘れられて、美しい山水を形容する言葉として使われるようになったわけです。「山紫水明」で検索すると、ラフォーレ修善寺の客室やJR北海道の車両の名前が出てきます。修善寺はいいとして、北海道の景色は山紫水明というには雄大すぎる気がするのですが…。

 他にも色々な逸話がありましたが、一番面白かったのは、幕末に活躍した幕臣・川路聖謨の話です。ロシアのプチャーチンとの交渉で有名な川路は、幕末に活躍した幕臣の中でも、最も優秀な官僚の一人だったと思います。この本では、川路の教養人としての側面にスポットがあてられていました。川路自身も漢詩や和歌を作る教養人だったのですが、妻の高子も各藩の大奥勤めの経験がある教養豊かな女性だったようで、奉行として日本各地を転々とする夫の代わりに、川路の両親や前妻の子たち、家来たちをまとめました。現代に置き換えれば「夫は単身赴任、留守宅で義理の両親と義理の子どもたちの世話をする」だけでなく、家の使用人や土地の管理人との交渉まで任されていたことになります。そして、お互いの近況を知らせ合うために、二人は日記を書き、それを定期的に相手に送っていたのだそうです。日記によって、川路は自宅の様子を知り、高子は夫の仕事を知る。……江戸時代に、そんな夫婦がいたんですね。 
 川路は、新政府軍の前に江戸城が開城する時に、幕府に殉じて死を選ぶことになるのですが、自分の最期に立ち会わせないように、高子に用を言いつけて、家から遠ざけたそうです。

 漢文というよりは、江戸時代の日常生活に興味がある方は、一度読んでみて下さい。


プルースト『失われた時を求めて6 第三篇「ゲルマントの方Ⅱ」』(高遠弘美訳 光文社古典新訳文庫)

 5巻目は少し中だるみ状態で、一日に20ページしか読まないのに、それでも、退屈に思える部分があるほどでした。それが、6巻に入ると、「このまま夜ふかしして最後まで読んでしまいたい」と思うことが多くて。
 前半は、高校の世界史でも習ったドレフュス事件が描かれます。

ドレフュス事件とは、1894年フランスで起きた、当時フランス陸軍参謀本部の大尉であったユダヤ人のアルフレド・ドレフュスがスパイ容疑で逮捕された冤罪事件である。

Wikipediaより

 プルーストは母親がユダヤ人というのこともあり、積極的なドレフュス派だったのですが、作中では、ドレフュス派と反ドレフュス派、両方の意見を客観的に取り上げています。社交界の人たちの反ユダヤ的な感情。ユダヤ人たち自身のアンビバレントな意識。偽の証拠まで作って無罪の人を陥れた人たちがいるという話なのに、それが社交界や政界の力関係や権力争いという、全く関係ないことと結び付けられていくんですね。正義を貫くって、何と難しいことなのかと感じました。

 後半は、主人公の祖母の病気が顕在化し、亡くなるまでが描かれます。『失われた時を求めて』は文庫本で十数巻になる長編小説で、この巻が六冊目です。それだけに、重要人物だった祖母の描写や主人公と祖母の関係性についての描写も膨大な量になります。祖母が病む描写を読むと、これまで読んできた様々な話が思い出されて、小説とは思えないほど臨場感が高まりました。
 この小説が好きかどうかまだ決められないのですが(昔、読んだ時は、長すぎると感じた覚えしかない)、異次元の読書体験ができるのは間違いないと思います。


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