僕のピアノ修行ハンガリー珍道中1989No2


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ハンガリー国立リスト音楽院の試験は6月であった。
それを知らずに3月のこの時期に試験を受けようとした僕は無謀であったと言っていい。
リスト音楽院に留学していたフルートの先輩Kさんと何度もやり取りをした手紙の中に、第1次試験用の録音を送っても誰も聴いてくれないということが幾度となく書いてあった。

どちらにしても聴いてくれないのならこちらから赴くしかない。
このような状況下で英文で書かれた成績証明証、卒業証明証を硬い楽譜に挟んでいれた。そして試験で弾くための楽譜4冊を持ってこのアエロフロート645便に乗っている。
「Can I have a blanket?」
毛布を体に掛けるゼスチャーをやってみた。
CAは君には毛布は似合わないと言うより、君に毛布はまだ早い、という顔つきで通り過ぎて行った。
僕の英語能力がまずいのか、彼女たちが英語を理解出来ないだけなのか。または僕と毛布の関係性にきっと問題があったのだろうと僕は3つの椅子を倒して作った簡易ベッドの上で伸びをした。

飛行機内はガラガラで殆どの客は肘当てを上にあげ横になっている状態であった。客席みなサウナの休憩室のように横になっていた。
僕も斜め前の大柄な茶色い髪の女性の真似をして4つの椅子を倒して横になった。
目を瞑ると音楽が流れて来た。
横になったまま、足下の自分のバッグから楽譜を取り出してそれを眺めた。
カタカタと不規則な窓の音がトゥッティーで鳴りだした。
天候が悪いのか、パイロットが個人的に僕を恨んでいるのか、
かなり長い間、機体は小刻みに揺れ楽譜をバッグにしまうことにした。
僕は飛行機が単純に嫌なんだ。

To be continued

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