SFショートショート『倍速の果て』
定年退職し、悠悠自適で過ごすはずが、今は孤独と恐怖に打ちのめされている。目がまわりそうなくらいに時代が激変している。歩いている人たちが、疾走しているようにみえているのは私だけなのだろうか? 心なしか、ぼぉっとしているあいだに、妻の顔の皺がふえ、髪の毛が白くなってゆくようだ。時計が急スピードで回転してみえる。すべてが倍速、加速し続けている。
人類の歴史をなぞるかのような出来事。まるで百年が一年に集約されていくようだ。なんらかの存在が、世界の終わりに際し、時代を懐かしく、もしくは汚物をながめるような不快な面持ちで振り返っているのだろうか?
今から十数年前に、アメリカの学者が、時間がはやく過ぎ去ると感じているのではなく、実際に時間が0に向かって突き進んでいるのだと論文に書いていたが、本当のことなのかもしれない。
妻が怯えた表情のまま、私の胸にもたれたまま年老い、骸骨となり崩れていった。みれば私の体もすでに乾燥しきった骸。だが、魂とやらは存在しているようだ。若い姿に戻った妻と外の世界をながめている。
家はすでに跡形もなく崩れ去っていた。
景色が、まるで早送りのビデオみたいに変化していく。少年少女がまたたくまに成長し、年老い、骸骨の姿になってゆく。
「このあと、どうなるのかしら?」
「0に、0に向かっているんだろう」
「0になったら世界はどうなるの?」
肉体を脱ぎ去ったあとも、不安感や恐怖感は消えないらしい。恐れ、哀しみというものは、魂に染みついているものなのだろう。
空は闇と青とをくりかえし、春と夏と秋と冬が一瞬の如く過ぎ去っていく。0に向かって世界が光よりもはやく突っ走っているようだ。
すでに形あるものなどみえない。ただ、いく筋もの線が流れているようにみえる。音などずっと前から聞こえていなかった。
そして突然の闇。もうなにもみえなかった。
いつのまにか妻もそばにいなかった。孤独だった。はじめからひとりぼっちであったことを思い知らされ、せめて光が欲しいと思った。
「光あれ!!」
想いを込め、祈るように叫ぶと、どこからか一筋の光が射しはじめた。けれども、周囲に光が満ち満ちていくたびに、闇が、心の中に重苦しく広がってきた。
(fin)
※ トップ画像のクリエイターさまは「ブンショー」さまです。
ありがとうございます。
星谷光洋 MUSIC(YouTube)より
インスツルメンタル(演奏のみ)
『新世界』
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