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ショートストーリー『笑葬』

桜の花が甲信越の地を、薄紅色に染めあげた頃、円山の訃報をうけとった。春は彼の一番好きな季節だった。

連絡をうけたのは、ホ―ムセンタ―での仕事を終えたあと、自宅でくつろいでいたときのことだった。北海道に住む高校時代の旧友である竹原から、円山が今朝、糖尿病が悪化して、突然亡くなったと知らされたのだ。私は父の転勤のため、高校時代を北海道で過ごした。その後、新潟に帰り、就職をしてから十五年の時が流れていた。

飛行機が千歳空港についてから、札幌から電車を乗りつぎ、K町の駅に着くと、竹原が退屈そうな顔で私を迎えにきていた。式場に向かうため、私は竹原の車に乗りこみ、久しぶりの町をながめた。

それほど町の景色は変わっていない。いくつか見覚えのある店の名前が変わっているくらいだった。

「昨日やったっていう正式な葬儀とは別に、高校時代の友人だけでやる友人葬を、おまえのところでやるんだってな」

「ああ、俺の父親がセレモニ―ホ―ルの支配人をやっている関係でな。だから香典ではなくて会費でやるんだ。本来なら、一番親しかったおまえが友人代表として仕切ればいいんだろうが、地元にいるのは俺と円山だけだったからな。

昔の卒業記念にもらったアルバムを捜して連絡をつけたんだ。だけど、住所がわからないやつも多くてな。おまえの電話番号も、円山が大切に持っていた年賀状に書いてあったからわかったんだ。おまえも一度くらいは北海道に来て、円山に会ってやればよかったのによ。あいつ、いつもおまえの話をしていてさ、ほんとうに会いたがっていたんだぜ」

私は今でも友達づきあいが悪い。

酒を飲みにいっても楽しくないし、気をつかうだけのつきあいに辟易しているというのが本音のところだ。遠くに住んでいる友達が遊びに来たいと言ってきても断っている。

それでいて、孤独な自分の人生に寂しさを感じてもいる。腹を割って話をかわしたいと思うことも休みのたびに思うことだ。だのに、人と会うことがわずわらしくてならない。円山に会いに北海道にいくなんてそれこそ考えたこともなかった。

そんな冷たい私に、円山はときおり電話をよこした。快活でうれしそうな声が、受話器のむこうから聞こえてきたが、あいかわらずそっけない態度で接していた。

いつしか、電話もこなくなり、年賀状をかわしあうだけの関係になっていた。

「ところで竹原。電話ではふだん着で葬儀にでてほしいと言っていたから、礼服はもってこなかったけど、どんな式なんだ?」

「それは式場にいってからのお楽しみだ。上田だけは出席してほしいというのも円山の遺言だし、内容を伝えて、欠席するなんて言われたら円山も浮かばれないからな……。まあさわりだけならいいっしょう。

生前から円山が強く希望していた遺言で、かなり変わった葬儀になるはずだ。それで、円山の意思を尊重してくれる同級生だけを厳選して告別式に呼んだんだ。あらかじめ式の内容を電話で伝えて、それでも快く出席してくれる人だけを列席させるつもりだったが、どうしても都合のつかない人以外はみな、出席するそうだ」

式場に向かう途中、高校時代に円山とよく来た公園をとおりすぎた。

公園には数多くの桜が植えられていて、いっせいに艶やかな花びらを開花させて、遅い春の訪れを知らせる。

北海道の桜は日本で一番最後に散る。

桜は強い風が吹くと、まるで花火のように、またたくまに花びらを枝から手放してしまう。さらさらと散ってゆく桜をながめていると、寄せくる波のように寂寥感が押し寄せてきて、いつのまにか、頬に涙がつたっていた。

生涯でただひとり心から愛した人。はじめて心から理解しあえた人。
彼女に出逢ってはじめて生きる喜びを知った。その大切な愛を守れずに別れてしまった。そしてまた、円山もこの世から立ち去っていった。

「おまえは身勝手な男さ。だから結婚もしないんだろ。人を許すことができないから誰ともつきあえないのさ」

にらむように竹原をみやると、

「そう怒るなよ。円山からの手紙だ。封があいていたんで、つい読んでしまった」

竹原はそう言って、私宛ての手紙をよこした。丸みをおびた筆跡が懐かしく思えた。

『上田君へ。

高校を卒業してからは、一度も会うことがなかったけれど、ぼくはいつも君のことを案じていました。

君は誰かの助けが必要な人だと思います。こんなことを書いたら怒るだろうけれど、ぼくはいつでも君の孤独を感じていました。それはぼくにも共通するような痛みだと思う。だからぼくたちはいい関係でいられたんだ。君は誰にも心をひらこうとはしなかった。

本当は孤独で寂しいと思っているのに、自分の弱さをひた隠しにしていたね。そして、自分の苦しみを歌にしていたんだ。

君は自分のことをわかってほしかったんだ。だけど、君が人と自分自身を許し、理解しようとしなければ誰も君を愛してはくれないよ。

君には幸せになってほしいと心から願っている。ぼくは君と演奏したり、さまざまなところで遊んでいた頃が一番幸せだった。

君はとても行動的な男だった。一番心に残っているのは、ぼくたちのクラスは騒がしい生徒ばかりで、体育の教師が、反省会をしろと授業をボイコットしたことがあったよね。

そのときは、クラス委員がなんとかみんなをまとめて反省会をしようとしたのに、騒ぎがおさまらなかった。そしたら君が壇上にあがり、ギャグを連発し、みんなの関心を引き寄せることに成功したんだ。みごとに反省会をやって、教師も感心していたよね。

君のそんなところが好きだった。君と出会えて本当によかった。できればもう一度会って腹を割った話がしたかった。 円山春雄』

私は手紙を握りしめ、目を閉じた。
そっと目をあけると、車の窓に、自分の痩せこけた頬がおぼろげにみえていた。

控室には竹原をはじめ、大人くさくなった同級生たちがいる。女や車の話ばかりだったやつらが、今は仕事の話でもりあがっている。

しかし、私はそのなかに溶けこめないでいた。そこへ、竹原がようやく葬儀の内容を伝えるために寄ってきた。

「あいかわらずだな。今日はとびきり陽気にやってもらわないと困るぜ。やつはなぜか自分の死期を悟っていて、楽しい葬儀にするために、この日のために準備をしていたんだからな。担任の高瀬先生もあとからくるそうだ」

竹原はそう言うと、円山が企画したというプログラムを私に手渡した。楽しい葬儀ってどういうことなんだと思って、そのプログラムをみてみると、『司会・上田文男』と印刷されている。

「そうだ。司会は上田、おまえだ」

「なに! ぶっつけ本番でか?」

プログラムの内容はかなり奇想天外なものだった。円山の思惑がようやく読めてきた。どうやら笑いに満ちた葬儀にしようとしているらしい。

円山は高校時代から勘がするどくて、霊感でもあるのかと思いたくなるような言動が多かった。義雄君、明日、学校を休むかもしれないねと話した翌日、本当に休んだりしたこともある。私からみるといつもとかわらなくみえていたのにだ。円山は、自分の死期さえあらかじめ悟っていたんだろう。

腕時計をみると午後六時、式の開始時間だ。私はプログラムに記載された進行表をみながら式場へとむかった。それにしても円山のやつ、最後にとんでもないことをやらせやがると心のなかで愚痴った。

お囃子風の音楽が式場に流れていた。葬儀に、お祭りで流れるような音楽とは最初からトンでいる。いよいよ葬儀のはじまりだ。

私はマイクを右手でつかみなおし、列席した人たちをながめた。私は式場の祭壇の右うしろあたりにいて、式場のすべてをみわたせる位置に立ち、左手でプログラムを持っている。ありがたいことに、プログラムには台本よろしくセリフまで載っていた。本来は、司会者が葬儀のはじまりを告げ、入場をうながすのだが、すでに列席者は席についていた。
まずは司会者としてのあいさつだ。

「みんな、元気でしたか? なかには久しぶりに話をした人もいるけれど、あらためてあいさつをします。私のことはみんながわかっていると思うので、今回の告別式のことを話します。

電話連絡のときにも説明したらしいけど、故円山君の遺言により、円山君自身が企画した葬儀内容で、笑って円山君を見送ろうということですので、かなり常軌を逸した式になります。それでは皆様ご起立ください。ただいまから導師が入場されます」

マイクの声に誘われて入場した導師は、ピエロの格好をしていて、列席した人たちからは思わず笑い声がもれてきた。

私はピエロが級友だった武田であることを知っていた。武田の実家はお寺であり、円山家の菩提寺のお経もそらんじてあげられるというので抜てきされていた。

頭はかつらのアフロヘア。手にはスキ―用の手袋。ありあわせにしてはよくできた水玉模様の服がピラピラしていて、それだけで笑いを誘う。顔一面に塗られた化粧は、

「俺だとわからないくらいにやってくれ」

という武田の注文どおりの、まったく別のおどけた顔になっている。
とにかく、ピエロがお経をあげている姿というものはなにやら奇異なものだ。自分もやっていておかしいのか、お経のあいだに何度か含み笑いをしていた。

やがて読経が終わり、弔辞である。

高校時代の担任だった、高瀬先生から、なにやら照れくさそうな弔辞をいただいた。途中あの当時、リ―ゼントをキメていた横山がヤジをいれ、先生は頭をかいていた。

おつぎは弔電だ。

欠席した友人や仕事関係の人からのものだが、これもおもしろおかしい文章をと注文されている。私は、沖縄に住んでいる級友だった中畑の弔電を読みあげることにした。

「公私にわたり多数弔電をいただいておりますが、その一部をご披露申しあげます。え~、円山君のギャグに、天使や神様たちが腹をかかえて笑っている姿が目にみえるようです。授業中、君のギャグで大声で笑って怒られたことのある、中畑義弘より」

「いいぞ! 中畑ぁ」

旧友たちの声が飛ぶ。まったく結婚式のような雰囲気である。クラスメイトだった女性たちもすっかりおばさんになっているが、昔とかわらずに黄色い声をあげて笑っている。

つぎは焼香だ。

「このたびは略式でもあり、続けて告別式へとうつらせていただきます。では、はじめにご焼香です。本来は喪主の方から順にしていただくものですが、これも企画にしたがって、友人代表の鈴谷三枝子さんから焼香していただきます」

ブル―のシックな装いのワンピ―スを着た三枝子が、なにやら気恥しそうに祭壇にむかう。長い髪をうしろに束ねている姿は若々しく、実際の年齢よりも若くみえる。

そして焼香台の上にのっている香を三本の指でつまみ、胸のあたりで香をいただいてから香炭の上にのせた。すると香炉から花火があがった。これももともと仕組んだもので、私をふくめ一部の者は知っていたが、三枝子はあわてふためいてすわりこんでしまい、会場から爆笑がまきおこる。

その後順番に焼香をしてもらった。香に仕掛けがあるらしく、花火かどうかはやってみるまではわからない。みんな自分の香が花火かどうかどきどきしながら焼香をするので、まるでゲ―ムのような活気がある。

最後に円山自身のあいさつがはじまった。もちろん、生前、ム―ビ―カメラで撮った映像と声だ。その映像は、機器によって拡大され、祭壇上に降ろされたスクリ―ンに映しだされた。動きのある円山の映像はさすがに心にしみてくる。

背景は円山の好きだった海。どうやら三脚をつかって自分ひとりで撮影したらしい。ズ-ムするわけでもなく、単調なアングルで撮影されている。

CDデッキからクラシックが流れている。『春の歌』だ。やつがクラシック好きだったとは知らなかった。

「みなさん、本日はぼくのために来てくれて本当にありがとう」

円山は微笑みながら、たんたんと話しはじめた。声は会場のスピ―カ―から流れている。

「今日は出席してくれて本当にありがとう。ぼくは、生きるということはただそれだけでりっぱなことで、十分大変なことなんだと思います。ですから、毎年、これからもがんばって生きようねとはげましあうのが誕生日。そして、人が亡くなったときは、いままでの人生をねぎらい、祝ってあげる日なんだと思います。

だから、わがままなことを承知で、奇妙な葬儀を両親にしてくれるように頼みました……。

上田君、司会をしてくれて本当にありがとう。君が天国に来ることを楽しみに待ってるよ。え、不吉なことを言うなって、そりゃまた失礼しました」

泣き声と笑いのいりまじった式場のなかで、私は泣きたい気持ちをひたすら我慢していた。しかし、会場にいる全員の私にたいするあたたかな拍手に、こらえきれずにあふれだした涙を流れるままにした。

いままで心の内にわだかまっていた塵芥が、涙とともに流されていくように感じられた。

そして、円山の葬儀が、私自身の心の壁を葬る式にもなっていたことに、いまさらながらに気がついた。いまならみんなの輪のなかに、素直な気持ちではいっていけるだろう。

スクリ―ンにはポピュラ―ソングの『卒業写真』の歌詞と、赤ん坊の頃から、亡くなる直前までの写真が一枚づつ映しだされ、全員が『卒業写真』を歌っている。

歌と涙と、そして笑顔に見送られてゆく円山は、まさしくこの世を「卒業」していく生徒のようだった。

歌い終わったとき、ホ-ルの照明が突然消え、スポットライトが柩にあてられた。そして、なんと柩の扉があき、笑顔の円山がむっくりと立ち上がった。クラッカ―がいくつも鳴らされ、拍手が場内からわきあがった。

私はなんのことやらわからずに茫然自失。すると、竹原が私の肩を叩き、

「怒るなよ、知らなかったのはおまえ一人なんだ。本当の葬儀だとでも言わないと、おまえのことだからきっと出席しないと思ったんだ。円山はおまえのために、一風変わった同窓会を企画したんだよ。嘘の葬儀なのに、俺までなんか感動してしまったよ」

私に、涙声で話しかけてきた。

腹立ちはなかった。円山の思いが痛いほどわかっていた。私は泣きながら円山のところまで歩き、白装束の円山を強く抱きしめた。

「ばかやろう……」

本当はありがとうと言いたかったが、どうも照れ臭かった。私は、真剣に泣いている円山をはじめてみた。

              (了)

※画像は「ぱくたそフリー素材さま」より。
unificさん。はろさん。kissatenさんの作品です。
ありがとうございます。

tapnovel版の「笑葬」イラスト多用あり。

気にとめていただいてありがとうございます。 今後ともいろいろとサポートをお願いします。