webライターのWi-Fiが切れたら静かになる
その日、私はいつも通りパソコンを立ち上げた。
そして、パソコンが起動するのを待っている間、ちょっと古くなってしまったタンブラーにチャイティーの粉と熱湯を注いだ。
webミーティング中にチャイティーをすするって、ちょっとかっこいいやん?理由はそれだけ。
今日のwebミーティングは厳密にはミーティングではない。
とある企業の制作発表会。
新商品に関する情報を担当者がレクチャーしてくれるもの。
なので、講義を受けるようなもの。
こちらから一言も発さなくてよい、というか発したらダメだから気楽なものだ。
トイレにもいき、チャイティーも飲める温度まで冷めてきて、ようやくwebミーティングの時間。
優雅だ、優雅。
窓の外からは小学生が体育の授業をする声が響き、ベランダで育てているシソが揺れている。
もはや、これ以上の贅沢はない。
こんな環境で働ける自分にちょっと酔いつつ、webミーティングのボタンをクリックする。
余談だが、このwebミーティングに入る時間ってちょっとドキドキしてしまう。
早めに入りすぎてしまうと、ずっと画面がグルグルして相手の応答を待っている。
いつ始まるか分からないからドキドキする。
ちょっと早めに入ると、「よろしくお願いします!」と相手方の担当者が声をかけてくださる。
そして、他の方が参加されるまで、天気の話やら健康の話やら差しさわりの話をする。
他の人が聞いているので、あまりに変な内容や、込み入った話はできない。
ちょっとコミュニケーション力がためされる。
そして少しでも遅れてしまうと、他の人を待たせて入ることになるので、
申し訳なさを声と表情に凝縮して出していかないといけない。
私の理想は、会議が始まるぎりぎりちょっと前だ。
今回もその時間にクリックした。
おそらく私が最初の数人目。そして続々と参加者が増えていく。
多分20人ほど。
少し緊張した担当者の方の声が響いた。
「本日はお忙しい中ありがとうございます。新作発表会では…」
と説明が始まった。
今期はどんなものが入ってきたのかとウキウキしながら画面を覗くと…
かたまった。
え、担当者のお姉さんの声が宇宙人のようだ。
お、お姉さん……。かわいそうに、こんな時に回線トラブルだなんて。
今回のミーティングはマイクオフ。
つまり反応が分からない。
「誰か言ってあげてよ~」と思いつつ、私は見守る。
が、一向に誰も言ってあげない。
「これだから日本人は……」と、日本人を代表する事なかれ主義の私の脳がため息をつく。
このまま時間が過ぎていくのもアレだし、メッセージでも送ろうかと思ったそのとき、
キレた。
そう、一人だけ退出になった。
画面には呆然とする私の表情だけがうっすら浮かんでいる。
そして慌ててミーティングのボタンをクリックすると、
まるで私のことなど見えていないようにお姉さんの説明は続いている。
え!?なに!?私だけ!?
と不安がよぎるが、先週の会議でも問題なく動いていたのだ。
そんなことはない。
だって、このノーパソは、亡くなったおじいちゃんが数年前に「この店で一番イイパソコンもってきて!」と言って買ったという、伝説の「イイパソコン」なんだから。
ドキドキしながら、お姉さんの話を聞く。
お姉さんからは私が見えるはずもないのに、頷いたりしながら一生懸命聞いてる感を出しながら聞いていた。
しかし、キレた。
またキレた~!!!
なんで!?1人でパニックになって、電源を消してやり直すことにした。
もうここまでくれば、怖いものない。
そうこうしているうちに、一時間弱の会議は終わりを迎えようとしていた。
他の参加者は聞こえているのかどうかが気になるところだったが、
きちんと「質疑応答」をしていたので、おそらく聞こえている。
私がもし質疑応答をする立場だったら、
「私が1人途中で出入りしてしまったことに気づいていましたか?」
と、ネット環境のことを質問してしまうところだった、危ない。
どうやら今日は調子が悪かったのかもしれない。
超楽観主義の私はそのまま一日の仕事を終え、パソコンを閉じた。
次の日は実際にコミュニケーションが必要なwebミーティングの日。
今になったらお恥ずかしい話だが、私は昨日の回線の不具合のことなどすぐに忘れてしまっていた。
今日も絶妙なタイミングでミーティングに入った自分をほめたりなんかしていた。
そして会議が始まり、画面の向こうでは何やら難しそうなプレゼンが始まった。
私も画像に張り付く様に眺めていた。
…が、急にキレた。
えええええ!!!どうした、じーちゃんのイイパソコン!どうした!じーちゃん!
画面は見えなくなり、音声だけが何とか聞こえるものの、次第にそれも消えてまた私の途方に暮れた顔が浮かび上がっていた。
今回の会議は数名だけな上に、意見も求められるので、何が起こっているのか分からないのはツライ…!
もう、自分の声が聞こえているのかどうかも分からなかったが、
「ネットが終わってて、今日は無理かもしれないです…!」
と何度か声をかけた。
皆ノーリアクションだったところを見ると、すでに繋がっていなかったのだろう。
その日、私はネットが切れたパソコンのように静かになった。
帰ってきた夫に全てを話し、慰めてもらった。
夫は静かになった妻を横目に、静かに修理をしてくれた。
理系の彼は、原因を丁寧に探すのがすこぶるうまい。
問題解決能力が私の何百倍もある。
「理系に行ったの正解やな……」と、結婚後何十回言ったであろうセリフをまた言う。
夜、夕食を食べた後だったのと、夫が解決策を提示してくれたこともあり、少しずつ元気を取り戻して言った。
なぜかママが静かになっている…と空気を察してくれていた子ども達も、どこか安心した様子。
調子に乗って、私は多分いらんことを口走ってしまったのだろう。
夫に、「あんたの弱点はWi-Fiやな。Wi-Fi切ったら途端に元気なくなる」
と言われた。
確かに、その通り!
機械音痴の在宅webライターにとって、Wi-Fiの切断は死活問題。
解決策の1つも思い浮かばない。
めっきり、機械系のトラブルに弱くてすぐ諦める。ややこしい女だ。
在宅で何か仕事をしようとする時は、機械に強い人を見つけておくか、どこか相談できる人や場所を見つけておく必要がある。
結局、新しいノートパソコンをかった。
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