見出し画像

『12 hugs (like butterflies) 』 羊文学

ものすごく久々の記事。少しもやもやしたことがあったので吐き出したくなった。

4/21(日)に羊文学の横浜アリーナ公演『LIVE 2024 "III"』を観てきた。過去最大規模ということもあり楽しみにしていたのだが、ライブ全体を通してどっぷりと音楽に浸ることができず、パフォーマンスにどこか違和感を覚えてしまった。詳細は割愛するが、「もしかしたら今後、羊文学のワンマンライブには足を運ばないかもしれない」と思った瞬間さえあった。

家に帰ってから改めて彼女たちの音楽に浸ろうと思い、この1週間で表題のアルバムを何度か聴いたのだが、改めてこの作品の素晴らしさには疑念の余地がないと思えた。


昨年の12月に発売された『12 hugs (like butterflies) 』は、前作『our hope』からおよそ1年半ぶりとそこまで長くはないスパンを経て制作されたものの、作品の様相は前作とは大きく異なるものとなった。『our hope』では外に開けたポップミュージックの作り方や聴かせ方を追求し実現したが、本作ではそこで体得したポップネスを遺憾なく発揮しながらも、より内省的に自分たちの存在を見つめ直すかのような意思が感じられる。

サウンドの面では、「GO!!!」「永遠のブルー」に代表されるオープンでキャッチ―な曲もあれば、「Addiction」「FOOL」のようなノイジーで威勢の良い、どちらかというと初期の楽曲に近いものもある。そういえば横浜アリーナ公演の本編は「Addiction」で始まって「FOOL」で幕を閉じた。厳密には「予感」のアウトロから。この3曲はキーが共通しているのでライブでの「Addiction」への繋ぎは物凄くしっくりきた。こうした初期衝動的な楽曲は近年鳴りを潜めていたので、メジャーシーンに挑戦しながらもまだまだアンダーグラウンドの感覚は捨てていないことがよく窺える。

このアルバムというか近年の彼女たちを語る上で避けては通れない曲は「more than words」だろうか。彼女たちにしては珍しい4つ打ちのダンサブルなビートに緊張感のあるヒリヒリとしたコード進行、圧倒的なメロディラインと、閉塞したムードから徐々に開けていく世界観。タイアップの影響もあって彼女たちの躍進を支えた代表曲だと思うが、間違いなく名曲である。

一方で、曲の中で歌われている葛藤がこの曲自身のヒットによって更に大きく複雑になることで彼女たちを苦しめるかもしれないのは、何とも皮肉な話だ。苦心した末に今までと大きく異なる作風となってできた楽曲が、彼女たちの最大とも言えるヒット曲となっている。特に作詞作曲を担当する塩塚モエカにかかる重圧は、これまで以上に重く苦しいものになったと想像される。

「more than words」のような、サウンドはポップながらもシリアスなテーマを歌った曲は他にもある。「honestly」は開放的なコーラスが印象的であるが、周囲の期待とは裏腹な刺々しい痛みや苦しみや孤独感を切実に訴えかけてくる。「深呼吸」では淡々と進むビートの上で口語的な対話を通じて日常を憂いながら、自分自身や"私たち"を抱きしめる希望を歌う。「マヨイガ」や「光るとき」で見せたような世界を包み込むような祈りではなく、むしろ世界を救うことなんてできないと嘆くかのようだ。

およそ2年前に羊文学の『our hope』について記事を書いたのだが、そのときに「くだらない」について感じたことと感覚が似ているかもしれない。曲調は美しく瑞々しいが、歌われているのは実は物凄く現実的でドロドロとした葛藤や心の叫び。彼女たちがずっとテーマにしてきたメジャーとアンダーグラウンドの融合がどれほど困難なことなのか。大人気アーティストの羊文学としてステージに立つことと一人の人間であることの両立がどれほど苦痛を伴うことなのか。到底想像できないような心境の複雑さが作品に表れている。

アルバムの話に戻ると、「Flower」は昨年のライブで聴いた時は彼女たちにとってのメインストリームのような楽曲かと思ったが、この作品に入るとSFチックな世界観が少し浮いて聴こえる。その浮いた感覚が実は本作の神髄だと思っており、「Flower」を境に、作品前半の衝動的で開けた雰囲気が表情をがらりと変えて、自分の心に深く潜っていく感覚が素晴らしい。前述の2曲を経て終盤に連なる「人魚」「つづく」では、失ったものや逃してしまったものに思いを馳せる。後悔を重ねながら深海を泳ぎ続けるかのような流れは、まさに"12 hugs"を体現している。

この作品が「FOOL」で幕を閉じるのは救いなのだろうか。もちろん救いだと思いたいが、彼女たちのこの反骨心がどこかで折れてしまう不安も覚える。横浜アリーナで覚えた違和感を吹き飛ばすようにまた音楽活動を続けてくれると良いのだが、そう簡単にはいかないような苦しみがこの作品には溢れ出ている。

結局のところ覚えた違和感というのは、横浜アリーナでははっきり言ってあまり良い音楽に聴こえなかったのだ。こういうことをわざわざ書くのは良くない気もするが、昨年Zepp Hanedaであれだけ素晴らしいライブを魅せてくれた彼女たちがなぜ、という思いが巡って何も書かずにはいられなくなった。そしてその背景にはもしかしたら何らかの体や心の不調もあるかもしれないが、それは邪推しても仕方のないことだ。大事なのはあの公演を経て彼女たちが活動を続けていく未来である。パフォーマンスのことなんて本人たちが一番理解しているだろうし、世間の反応だって目に入るだろう。けれど、周りの言うことなんて関係ない。この記事だってどうでもいい。

これだけ人の心を動かすことのできる音楽を奏でることができるなら、音楽を辞めないでほしい。もちろん、どんな形だって良い。自分たちの信仰でアンダーグラウンドを貫いたとしても、メジャーに迎合したとしても、どんな形でもいいから音楽を、バンドを続けてほしい。

信じたいの
失って傷ついても続くなら
壊れたって歌うから
もう二度と離さないわ

「FOOL」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?